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折りたたんで、腰が痛い

平日の終電と休日の終電は違うことを忘れていました。今日も逃して都市止まり。ネカフェでうんざりしています、自分に。ああ、もう、これからしばらくどこにも行きたくない。来週は土曜日泊まりで仕事だし、日曜はもう絶対にどこにも出かけない。再来週は土日両日引きこもってやる。ああ、もう、家が好き、家に居たい、篭りたい、どこにも行きたくない。年始に実家に帰ることすら億劫。ずっとずっとあの八畳の部屋に閉じこもって居たい。自分で不思議に思うのですが、どうして私は引きこもりニートにならないで普通に生活できているのでしょうか。これはもはや奇跡だと思うのです。だから私は、一生分の奇跡を、普通に生活することで使い果たしてしまっていて、そのせいでチケット運がないんだと思いました。違うですか、違うですよね。

メモ:眠れる森/本日は晴天なり/MC/メルト/雪蛍/冬の海は遊泳禁止で/MC/リプレイ/ヘイト、レッド・ディップ、イット/EN.Ghost

ねこぱんちのアキラ、ブイを立てて煽るアキラ、スティックを天に突きつけてタイミングを図るブッチ、ヘドバンで首が飛びそうなリーダー、眠そうなありぽん、ヘイトで明らかに人間じゃない動きをするありぽん、ヘイトで向かい合ってにこにこして弾くリーダーとアキラ、構って欲しそうにドラムの近くをうろつくけどヒロシに気づいて貰えないアキラ、なんだか今日えらくご機嫌なアキラ、取りあえずアキラ、初めてアキラの格好よさと可愛さと格好よさをふーさんと共有できて嬉しい、ね、ね、格好いいでしょ!取りあえずアキラ!いいえ、いいえ、みんなみんな好きなのです、メンバー四人全員大好きなのです、ただ、ちょっと、中山さんを、ほんの少し余計に好きなだけで。どうしてあんなに素敵なんだ。アキラー。
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関係者さんがステージ裏通用路のドアを開けたその瞬間に竜太朗さんが見えたのでごきげん。にこにこ。相変わらず格好良くて可愛かったあ~安いな~あたし!握手会とかはあっても行かないけど、やっぱりあたしはただのミーハーファンなんだなあって思いました。握手会はむりですだってあの人両手でぎゅうてめっちゃ握ってその上ちゃんと目見るからほんと無理。サービス良すぎ。あたしきちんと話せないし。だから行かないけどでもやっぱりああ~ミ~ハ~!かわいいかわいいよありぽん!

日記

久しぶりにふゆちゃんに会えた。すごく嬉しかった。会えたし、話せたし、笑ってくれたから、私は幸せだな。彼女や、あの人や、あの女性や、あの娘や、色んな、色んな人に出会えたんだから、私のこの三年も、きっと無駄ではなかったのだと思う。

好き好き大好き超愛してる。を読んだ。間違いなく、私は、この人が好きだと確信。泣きたくなる。三軒茶屋に行って、シアタートラムで、ポカリン記憶舎の鳥のまなざしを観た。つらくて痛くてしんどかった。私はとてもかなしい。酷い話だった。観て良かった。

 *

終電を逃したから横浜で適当に寝る。

愛は祈りだ。僕は祈る。

べっ、別に、ちょう愛してなんかいないんだからね!

と、いうわけで昨日は本屋さんへ行ったのでした。私は本屋さんという書籍天国(書籍地獄と同義)に侵入する前に、固く固く、「よし、好き好き大好きちょう愛してる。以外は絶対に買わないぞ。」と自らの心に誓ったのですが、ええと、駄目でした。わかっていたけれど。大体誓う対象が私の心です、ろくな誓いではないです。

本屋さんについた時点でまっすぐ文庫コーナーへ向かえばいいものを、なにか面白そうな新刊でていないかしらと新刊コーナーをうろつき、雑誌を物色し、文庫を厭という程眺めた挙句に辞書まで漁って、最後に漫画を見に行くというというコースを辿っている時点でもう駄目です。新刊コーナーでは長野まゆみさんの少年アリスが「改造版」となって出版されていて、私はそんな情報まるで知らなかったので、吃驚して思わず買ってしまいました。仕方ないじゃない、装丁も可愛かったんだもの。長野まゆみさんと言えば初めて読んだのが新世界で、中学生のときで、今になって思う、あれは中学生が読んだらいけないご本でした。振り返れば、そう、ものすごいエロスでした。

雑誌コーナーでは久しぶりに文藝を立ち読んだりして、とてもとても悲しくなって、思わず買ってしまいそうになったけれど、一応我慢して、でも次に出会ったら買ってしまいそうで厭だな。私の好きなブロガーさんが柴崎友香さんを褒めているので、興味があって、だからちょうど特集を組まれていたこの文藝で彼女の文章を初めて読んだのですが、本当にきらきらとしていて、きれいで、うつくしくて、非常にかなしくなって、ああもう厭だな、厭かな。

文庫コーナーに行って好き好き大好きちょう愛してる。を無事に手にとって、ぶらぶらしていたら坂口安吾の白痴があって、そういえば家にあるのは手垢付きまくってコーヒーも零れてるし背表紙破れてるし悲惨な状態だったなあ、と思ってこれも買ってきてしまったのですが、買った後に気がつきました、安吾の白痴なんてブックオフへ行けば非常に保存状態のよい古本が百円か五十円かくらいで叩き売られていることに。ああ、ばか。五百円出してしまった。ばか。私は、本屋さんへ行くと、「本屋さんズ、ハイ」という状態に陥るのでこういったミスをよく犯します。どうしようもない。そして「はくち」という言葉を「白痴」と変換できないエートックを、私は心の底から憎悪するのでした。差別語差別語と声高に叫ぶ人たちは、その言葉の本質を取り違えているだけで、言葉なんてしょせん只の言葉なのに、馬鹿みたいに見境なく規制しようとして、言葉そのものよりも、その言葉に差別的要素を見るあなたたちの考え方のほうが余程醜いのではないかと私は心の底から思っていて、だからそういう人たちを心底軽蔑していて、そして差別語とされて規制され腐っていった(腐らざるを得なかった)言葉たちの死体が山のように積み重ねられていくことは、文学にとって多大なる損失だと思っていて、でもやっぱりその話はやめます。

あと、国語辞典の立ち読みをしました。新明解、最新版は第六版なのですね。表紙が白い!「私の個性はそんなに濃くない!」という主張なのでしょうか。無理です、あなた、濃いもの。中身をちらちらと読んできましたが、やっぱり新明解は新明解でした。大好き。私は第四版が好きです。

漫画のコーナーで蟲師の最終巻を見つけたのでこれも買ってしまいました。仕方がない。ヨルムンガンドがいつのまにか四巻、五巻が出ていて、しかも五巻は初回限定版とやらが出ていて、だからちょっと欲しいなと思ったのですが、通常版しかなかったので結局買いませんでした。あと、きのうなに食べた?の二巻が出ていて、これも初回限定版とやらが出ていて、これは平積みになっていて、その初回限定の仕様がビニルのブックカバーつきというもので、これを見て料理をすることのある私としては非常に嬉しかったのでついつい買ってきてしまいました。ポストカードはいらなかったなあ。これは昨日読みましたが、相変わらず、相変わらず、本当に美味しそうだ!安い食材をいかに無駄にしないで使い切るかということ、それがとても楽しくて、非常に共感できる。

それにしても、本屋さんは魔境です。結局予定金額の十倍を浪費してしまった。かの地は私のお金を毟り取って行く。いっそ本望です。いくらでも持って行ってください。好き好き大好きちょう愛してる。は、今日はシアタートラムへ行くので、移動の際、車中で読もうかと思っています。ああ今からそわそわする。ああ、読みたい、早く読みたい。

 *

ミッドナイトデジャヴは外れるし、水野さんの講演は電話かけたら予約埋まってるし、なにやら悲しいなあと嘆いていたのですが、そうしたら埋め合わせかのように当たりました、明日のマイスペース二周年アニバーサリーイベント。イープラスで十組様二十名ご招待。目立たないようにひっそりと、「主催側の意向によりご招待人数は変動します」と書いてあったので、多分もっとたくさんの人に当たっているとは思うのですが、なんにしても、とても嬉しいのでした。二日連続で無料プラかあ。嬉しいなあ。

そのマイスペースのイベント、渋公で行われるのですが、私が行く日(つまり明日)はプラとドレミと知らない人たち二組が出演するようです。私が行く日の前日(つまり今日)も渋公でイベントをやっているのですが、そっちにはオーラルヴァンパイアが出ているのでちょっと見たかったなあと残念に思っています。でも、他のバンドには興味がないから構わないかな。

おめでとう、おめでとう

リポビタンDを久しぶりに買いました。そして久しぶりに飲んだら、久しぶりに不味いと思いました。ここ十年くらい、美味しいと思って飲んでいたのに。健康になったのでしょうか。そんなことないかしら。ファイト一発、なんてけちくさいこと言っていないで、ファイト五百二十七発くらい頑張れるのならば理想的ですが、そんな根性はないので、ファイト半発くらいでぬらりと頑張ります。それはもはや頑張っていないのではなかろうか。

さっきルーティンワークと書いたけれども、私が現在微妙に忙しいのは、最近抜けた”立つ鳥後を濁しまくるぜ”人(”に挟まれた部位はミドルネーム)の残務処理が山ほど残っているからで、だから私の本来日常的に行う業務のせいではなくて、ルーティンワークという言葉を使用するのは適切ではないような気がします。でもその残務処理をもう一週間以上継続して行っていて、なおかつ処理完了まではあと一ヶ月ほど必要とするであろうことが予測されるので、もうルーティンワークと書いてしまってよいのではなかろうかという判断の元そう表記したのです、でもやっぱり、正しくないか。ちなみに私は残務処理の事務を担当しているので、エクセルとテプラを一日中弄繰り回しているのですが、そのせいで肩と腰が結構痛いのですが、他の課と折衝をする人の方が余程大変なので、ていうか、私は大変じゃないです。なんだ、この弱い文章は。

 *

江國香織さんがあんまり好きじゃなくて、きらきらひかるだけとても好きだったのですが、最近手元にある江國さんの本をぱらぱらと読んでみたら、むかし読んだときの印象とはいろいろ変わっている話もたくさんあって、好き、と思って、少し嬉しかったです。

そして今日本屋さんに行けたら、舞城王太郎の好き好き大好き超愛してる。を買って読んでみようと思うのです。舞城さんの本は一ヶ月だか二ヶ月前だかに、初めて読んだのですが、その初めて読んだ本は阿修羅ガールだったのですが、そしてああ私はこの人たぶんきっとものすごく好きだと思ったのですが、しかしものすごく濃ゆい希望的なアレと希望と反対の概念的なアレ共が一緒くたになって雪崩れ込んできて、一冊の本しか読んでいないのに、「あ、なんか、食べあわせが悪かった。」なんて気持ちになって随分と憂鬱になって、頭がいっぱいになって、その本以外のことがなにも考えられなくなって、だからこの人の本は暇なときにしか読んではいけないなと思ってあまり手を出さなかったのですがしかしある程度忙しいときの方がどっぷりとその世界に浸かることなく軽く読むことができていいのかもしれない、そう思うから今日本屋さんに行けたら、舞城王太郎の好き好き大好き超愛してる。を買おうと思うのです。でも私は今、春樹が読みたいんです。そして私の忙しいは、本を読む時間のある忙しいなので、本当なら忙しいなんて口にしてはいけなくって、そして実際私は忙しいとはまったく思っていなくて、じゃあなんで書いたんだろう?たまねぎ的なアレかしら。

そういえば、先日見かけたポメラニアンは、たいそう可愛らしかった

好きな人に、尊敬している人に、書ける言葉なんて、なにひとつとしてありません。拙い、未熟で浅ましい。フェイクにはフェイクの力があると信じているけれど、フェイクの力すら持てないのならば、それは結局ただの粗悪なキメラに過ぎなくて、劣化したリミックスなんて、だから本当は全部死んでしまえばいいと、いっそのこと信じているんです。そして本当の本当に、肩こりマシーンは、いらないのか?先日からプッシュしている肩こりマシーンは、そんなものこの世に存在していないので、アマゾンで探したりしないで下さい。存在していたら御免なさい。でも、欲しい人は、いるのか?いないと、思うのか?あーあー悲しいなあ!春樹が読みたいけれど、ルーティンワークが膨大過ぎて、処理に時間がかかるから無理です。伝わらないものは、文章として成立しますか?それは、するだろうな。

ちーぱっぱ、ちーぱっぱ

マスクをしているので、いきなりにやけても誰に不審がられることもなくて、快適です。この冬は、終始風邪引きを装ってみようかしら。で、思い切り、一生分、にやけつくしてみるのです。私のこのばかばかしい発想はいつになったら尽きるでしょうか。早く尽きて欲しいです。

今日はヒートテックインナーをまとめ買いして、マイクロフリースのパジャマを買って、タマネギとにんじんとほうれん草とじゃがいもと大根と春菊とパスタとうどんと低脂肪乳を買ってこないといけないのです。忘れると困るのでここにメモします。

最近春菊を食べすぎで、自分で少し心配です。心配なんてほんとうはちっともしていないけれど。二日に一パック食べるのはどうかと思う。でも美味しいんだもの。お豆腐と長ネギと春菊を茹でてポン酢で食べるのは、どうしてあんなにも美味しいのでしょうか。最近あんこう鍋が食べたいです。お鍋の美味しい季節です。センター街のお鍋屋さんに、いつだったかふーさんと行って、それがとても美味しかったからまた食べに行きたいけれど、渋谷が嫌いだから行きたくないのでした。

お煎餅を割って食べたらおばあちゃんと笑われた。悲しい。肩こりマシーンは本当にいらないのか?

柚子風味です

ヨリコさんお薦めの付け麺を食べてきました。美味しい、美味しい。本当に美味しい。教えてくれて有り難う御座います。次はカレー!

恵比寿のマックでぐだぐだ話して解散。楽しかった。散歩もとても気持ちよかったです。シャンデリアが奇跡的なまでの白。今週は休みの日に人とコミュニケーションを取っているので、普段より人間な気がします。ああ、でも、そろそろ引き籠もりたい。来週は来週で用事があって、とても楽しみにしているのだけれど、少し面倒くさい。予約したから行くけれども。楽しみでもあるから。

眠い

終わった。帰る。今日も風が強い。

ひーとーりーでー行くしかなーい♪

うるせえ!年齢を訊くな!二歳です!

 *

昨日偶然みーちゃんに出会って吃驚しました。相変わらず格好よかったです。でも可愛いです。私の方が背が高いと思うの。明日耳たぶ触るね。タートルネックは暖かいね。お仕事お疲れ様でした。

井上直久さんの個展、というか、即売会が近所で開かれておりまして、仕事帰りに行って来ました。みーちゃんと出会う前に。案内のお手紙(ダイレクトメールともいう)を持っていったら、非売品のめげぞうの金太郎飴を頂きました。可愛い、とても食べられません。溶けるのも困るし、どうしよう、冷やしておこうか。永遠に冷やしておこうか。無理だな、面倒くさいもの。おそらく私はいっそ食べてしまうでしょう。ただの所有に意義は無い、と私は信じているようです。チケットの半券捨てられない癖に。

「謎が解けた日」という版画がとても素敵だったので欲しかったのですが、十五万なので落ち着いてね自分に言いきかせてやめようと思っています。さすがに理性が働きます。絵は、一年に何枚も買うものではないよ。相変わらず「雨の市電」「幻の魚」はとても綺麗でした。あれ、欲しいなあ。一応リンクを張ってあるので興味のある方は観てみて下さい、けれどウェブでは色彩の美しさがまるで伝わらなくて少し悲しい。本当はもっと鮮やかでもっと深くてもっときらきらしていて綺麗なのです。

営業のおじさんがとてもよく喋る方で、面白かったのですが、お話を聞き始めて五分ほど経過したときにはもう鬱陶しく思っていました。私は美術品を売りつける人が嫌いです、いえ、それが仕事なのだとはわかっているのですが。運気とか運命といった言葉も嫌いです。本物の価値という言葉も嫌いです。(偽物には偽物としての価値があると私は思っています。贋作を肯定しているわけではありません。フェイクにはフェイクにしかないものがあって、それは本物には決して存在しないもので、存在してはいけないものです。そこに価値を見出すか否かは人それぞれであるけれど、私はそこに途方もない価値を見出していて、その意義をばっさりと切り捨てられてしまうとどうしようもなくつらい気持ちになるのです。でもそんなことは本当はどうだっていい。)この十五番の版画はあなたのためにあるんだよと言われ、この版画は五十枚あるけれど十五番はひとつしかない、十五というとてもよい数字が今ここにあるということは運命なんですよといった類のことを言われましたが、私は十五は好きではありません。三と五で割り切れる数は好きではありません。私は素数が好きです。でもそんなこと言ったってどうしようもないし、おじさんも喋りたいのだろうから喋ればいいだろうと思ってただ聞いていました。でも段々苛立ってきたのでまた来ますという常套句を用いて帰ってきました。嘘じゃなくて、方便じゃなくて、また行きたい、また行きたいけれどあのおじさんに会いたくない。

ある世界を享受するときに、言葉は酷く邪魔になります。雑音であり夾雑物です。観ているとき、聴いているとき、誰の言葉も聞きたくないし誰に言葉を向けたくもない。私は美術館は必ずひとりで行きますし、キャプションは作品を観た後でないと読みません。それは珍しい姿勢ではなくわりと多数派の意見ではないだろうかと私は想像します、けれどもそれを受け入れる土台は売ることを意識した場には存在しません、そんなことは当たり前の話なのですが。
若いのに目が高いねとか、意識が高いねとか、この先生はこれから先もっと評価されるよとか、そういった言葉はまったく邪魔なものなのです。そんな言葉が欲しいわけじゃない。そんなことは関係がない。大事なのは私がその絵を素敵だと思っていて、その絵によって自分はなにかしら得るところ、学ぶところ、感じるところ、もしくは失うところ、そういったものがあるとある種の信仰を抱けること、そこにしかない。投資として絵画を購入する人はまた違うのでしょうが、単純に観賞用として、好きだから買う人間にとっては作家のネームバリューなど、これは失礼な物言いかもしれませんが、関係がないのです。
井上直久さんの絵画には、多層海シリーズと呼ばれる幾重にも重なった海が描かれた幾枚かの絵が存在します。「謎が解けた日」にも多層海が描かれていて、海の底の方にはちらちらと綺麗な赤が散っていました。私はそれをとても好ましく思って、珊瑚みたいだと評したのですが、そういうどうでもいいことをおじさんは過大に褒めます。その例えは素晴らしい、発想力は素晴らしい。頭かち割って脳みそぶちまけてやろうかと思いました。私は自分の発想力がジリ貧だということをよく知っているし、比喩表現が安直だということも、創造力が曇りに曇っていることも、全部全部よく知っているのです。私は海の中にある鮮やかな色だからという極めて単純で貧困で安直極まりない理由からその色彩を珊瑚と評したわけで、そこを異常なまでに祭り上げられていっそ私は責め立てられている気分になりました。どうして私のコンプレックスをいちいち取り上げて高い目立つところに飾って指し示そうとするのか、どうしていちいち私が内臓の隅の隅に押し込んで隠している自虐を引き摺りだすのか、どうしていちいち私の底の浅さを額に入れて飾るような真似をするのか、ああもう酷い欝、というかフェイクの欝。そう欝だってフェイク。所詮偽物なんですそんなことは、真剣に悩んでいるわけでもないくせになにを垂れ流すのか。そう、おじさんはそんなことは一切思っていなくて、仕事だから客は褒めていい気分にさせないといけないし、それにもしかしてもしかしたら億分の一くらいの可能性として本当に褒めてくれたのかもしれなくて、それをこんな受け取り方しか出来ない私は本当にもう駄目なんだと思う、けれども私は自分が本当にしょうもないただのその辺の塵だということを良く知っていて、だからとてもつらい、そして耳掻きがしたい。誰か麺棒を下さい、耳を掻きたい。

こんな風に、なにも悪いことはしていないのに頭悪い馬鹿に勝手な悪意を向けられることもあるのだから、営業の人って本当に大変だと思う。私には出来ない。あの人たちはまるでクリスマスイルミネーションのようだ。私は耳掻きがしたい。麺棒を下さい。でも私は麺棒で耳掻きをしない。言葉には意味がない。

とか書いて、やっぱり意味なんて無いから、今日は泊まり仕事だけれどプリンを食べようと思う。だけれど、ってなんだ?なんだろうね。以前職場近くのファミマで異常に大きなプリンを見かけたので、今日も見つけることが出来たのならば、購入して明日誰かにあげようかと思います。プリンプリン。

桜が咲いてもなにもないー♪

私は感嘆詞を使い過ぎる。私の比喩は安直過ぎる。私は安易な反復に頼り過ぎる。私は馬鹿過ぎる。明日になったらいきなり賢くなれないかな。馬鹿ってこれだから馬鹿なのです。

なんだかもうそこかしこが美しすぎて落胆。うんざりする。早くクリスマスイルミネーションよ、消えろ。綺麗なものは例外なく私を落ち込ませるので積極的に取り込むべきではないとわかってはいるけれど綺麗なものは好きだから見たい。新宿南口が今とても綺麗で、クリスピークリームドーナツ周辺が本当に綺麗で、見ている間はとても気分がよくてああ心が洗われるようだなあとにこにこしているだけなのだけれどディレイで心臓に重荷がやって来るんです、そう、おじゃまぷよのように。アタック、ファイヤー。奴がやってくる。奴が降ってくる。どさどさどさと大量に大量に降ってくる。そして死ぬ。ゲームオーバーです。ゲームオーバーです。さよなら、さよなら。新宿南口よ、ばか。綺麗なものが好きです。もう仕事しようよ。

あーぐるぐる

オーブルガリ貴方のドイツはどこ。私のドイツはスイスなのよ。綺麗なドイツのスイスなのよ。

今日は風が強いです。月曜日に見た週間天気予報では今日から気温が下がり最高気温も十二度までしか上がらないとなっていたのですが、まるっきり嘘です。とても心地よい気温、心地よい天気。風以外は。現在東京都港区は十五度あるようです。暖かい。天気予報は外れましたが、こういった外れならば嬉しいです。今年は本当に暖かい。温暖化とか、天気の流れが過渡期にあってこれまでの統計が段々当てにならなくなってきて天気予報の的中率がこれから更に下がるだろうとか、そういったことは考えたくありません。人間は考えたくないことを考えないようにすることの出来る葦です。厭な葦だな。

ふみさん黒色すみれ気に入ったのでしたらアンデルメルヘン歌曲集差し上げましょうか。私、持ってはいますが聴かないので。たまに聴きたくなってもデータはありますし。

オーブルネイ貴方のドイツはどこ。私のドイツはスウィーツなのよ。綺麗なドイツのスウィーツなのよ。あー食べたい、食べたいな。なにを?ドイツのスウィーツを。バームクーヘンを食べたい。でも別に食べたくない。バームクーヘンを食べたいと言ってみたかっただけ。書いてみたかっただけ。別に食べたくはない。バームクーヘンを食べたいという言葉はバームクーヘンを食べたいと思っている人間だけが発すると思ったら大間違いだ!むしろ食べたいと思っていないのに言うことが大間違いだ!バームクーヘンという言葉の響きとバームクーヘンの形が好き。味も食べたい時は好き。今は別に食べたくない。食べたくないけど好きではあるけど食べたくはない。私は今明太子が食べたい。

ばかだ

出勤した。ヘアアイロンをつけっぱなしにして出てきてしまった気がした。上司に断って一旦戻った。ついていた。消した。職場に戻った。往復約二時間。ばかだ。消え入りたい。

イエーイイエーイ

え、今日、仕事そんなに長引かないのですか。十九時まで帰れないって言っていたではないですか。え、なに、定時で帰れるのですか。なんでそれを今言うんだ。一ヶ月前に教えてくれればよかったのに。え、一ヶ月前までは十九時まで帰れない予定だったのですか。知っていますよ、そんなこと。私は今八つ当たりをしているのです。明確に八つ当たりです。甘んじて受けてください。ばか。

と、誰かに、誰かに、言いたい。誰かに、というか、上司に、言いたい。でもとても言えない。だから書いた。ああ、そんな、今日仕事長引くと思っていたから涙を呑んで我慢していたのに。そんな。そんな。ああでも仕方がない、過ぎたことは仕方がない。みなさん楽しんできて下さい。

仕事してきます。

インドア人間にはハードワークです

ふみさんに遊んで貰いました。町田リス園に行って全力ではしゃいで、デニーズ(町田)でお昼御飯を食べて、デニーズ(渋谷)でお茶して、ギャラリール・デコでコント観てプロント(横浜)でお酒飲んで帰ってきました。久しぶりに目一杯遊んだら疲れました。

看板とふみさん(頭)
町田リス園。

リス壁画
入口はこんな感じ。

リスはともだち
リスはともだち。ボールもともだち。

リスとふみさん(肩)
可愛い。

こうして見ると気持ちが悪い
有象無象。

お手玉じゃなくてモルモット
モルモット。

アルビノなモルモット
アルビノ。

やたらと食べるモルモット
こいつよく食べる。

ウサギ
美人。

食べるウサギ
食欲美人。

サイケデリックなカメ
サイケデリックなカメ。Kissxxxxに出てたカメに違いない。

リス被害
リス被害。痛い。可愛い。痛い。でも可愛い。可愛いからオールオーケー。痛くない!

リスの放し飼い広場があって、そこに百匹近くのタイワンリスが放し飼いにされているのです。朝と夕方活発に動き回ると聞いたので、少し早起きして開園直後に行ってきました。そうしたら取り囲まれた。取り囲まれただけじゃなくて、飛びつかれて乗っかられて引っ掻かれた。でも可愛かったからもうそれでよいです。皮ジャンは早々にしまいました。傷だらけになってしまう。帽子も取られそうになったり。リスの野生を感じさせる場所でした。可愛いだけではないのね。でも可愛い。ああここ天国だろうかと何回か思いました。可愛い。かれらはきっと私のことを木かなにかだと思っていたに違いない。でも可愛かった。可愛かった。

町田駅からバスでニ十分もかかるし、明らかに子供連れしかいない場所でしたが、面白かったです。痛い。可愛い。可愛い。

 *

町田のデニーズでお昼食べて、渋谷へ移動して、行きたかった喫茶店に行こうとして、迷って、諦めて、デニーズでお茶して、コント観に行きました。どれだけデニーズが好きか、と。

PLAT-formanceというユニットの公演だったのですが、なかなか面白かったです。

金曜日、川上未映子さんの講演会に行けなくなった腹いせ(腹いせ?)に、なにか吸収したいなあという気持ちを持て余しつつなんかないかしらとライヴやら芝居やらを漁っていたのところ、えんげきのぺーじの一行レビューでなんとなく目についたのでオフィシャル覗きに行ったら、安いし結構面白そうだしこれにするかなあなんて軽い気持ちで予約を入れたのです。一文が長いな。

上手で、なんかこなれていて、小器用に色んなことができて、音楽もとてもよくて、会話のテンポもよくて、で、なんだかさらっと流し過ぎて散漫な印象でした。攻撃的になりたいのかなりたくないのか、抽象で押したいのか押したくないのか、いまいちピンときません。考えさせたいのか考えさせたくないのか、気付かせたいのか気付かせたくないのか、よくわからない。コントですから別にそこまで突き詰めませんよと云われてしまえばそれまでなのですが、もう少し突っ込んで話を練ったらもっと面白いのではないかしらと思いました。中途半端な情報だなと思う箇所が幾つかあったので、削るかもっと書くかした方がいいのではないかしら、とか。あと、ギャラリー公演ということでやたらと近かったのですが、クローズド故の技法というものはなかったなあと思います。むしろもう少し遠くから、ふたりを同時に視界に収められるところで観たかった。一枚の絵として見られる距離の方がスマートな気がします。良くも悪くもアクやエグみがなかったので、広い所の方が似合うのではないかしらと思いました。

などと、悶々と考えるくらい、面白かったです。面白くなかったらなにも思わない。悶々として釈然としなくて気になるので、次があったらまた観に行きたいです。もう少し広いところであれば。私とふみさん以外はほぼ全員知り合いだったようなので、終演後若干気まずかったです。あーいかん邪魔だから早く帰らなければと思いながらアンケートを書いて、書いたのに、どこに出せばいいのかしらと思っていたら会場出てしまったので持って帰ってきてしまいました。まあいいか役に立つことなんて何も書いていないから。面白かったです、とだけ書かれても困るでしょう、アンケートなのに。うん、面白かったです。面白かった。どうして私は散漫としたことしか言えないのでしょうか。さらさらと的確な言葉を出せる人はすごい。私はできない。

aquapolis.jpg
PLAT-formance第6回公演[aquapolis]

 *

プロントでふみさんとお酒。久しぶりに飲みました。ここ最近全然飲んでいない、私。どうしてしまったのでしょうか。でも昨日は少し飲みました。

昨日健全に遊び過ぎて体と脳が疲れたので今日は自堕落をします。好きな音楽聴いて好きな本読んで久し振りにコペン弄り倒してパーソナルコンピューターと仲良くします。昨日はフルオープンだったので今日はシャットアウト。毎日吸収していたら死んでしまう。今日は寝かせて自分の中で発酵させる日です。眠いな。

劣等生でじゅうぶんだ

MORI LOG ACADEMY十一月九日エントリのブライスの写真が可愛い。森作品の登場人物である、真賀田四季(向かって左)、瀬在丸紅子(中央)、それに小鳥遊練無(右)をモデルにしているらしい。私の中に存在するイメージと寸分違わずとても感動している次第です。

私はブライスがとても好きです。携帯の待ち受けは、もう二年近くブライスのまま変わっていません。去年はブライスのカレンダーを飾っていたし、ブライスの写真集も持っています。(ちなみに待ち受けは、この写真集に載っていたMIHO MATSUDAモデルのブライスの写真。)ブライスがでかでかとプリントされた鞄を六年近く愛用しています。面倒くさがりの私は確実に放置して埃を被る運命を辿らせてしまうので、ブライス本体を買う気はしないのですが。

十年早くてよ
携帯の待ち受け。とても気に入っています。ふーさんには頗る不評。彼女はブライスが嫌い。

私は稀に、ブライスに似ていると言われることがあります。確かに顔が丸くて目が丸くて眉毛が無くて鼻が低いので、精神を極限まで研ぎ澄まして誠心誠意好意的に見たら埃っぽい蔵の中で十年間放置されていたなんだか汚らしいブライスに見えないこともないかと思います。他に「似ている」と言われたことがあるものとして、ガチャピン、テレタビーズ、ペコちゃん、モンチッチ等が挙げられます。要するに顔が丸くて目が丸くて眉毛が無くて鼻が低いのです。キャラクターだとあんなにも可愛らしいのに、生身の人間になった途端にこんなにも気持ち悪くなるということはまったく不思議なことです。鏡を見るたびに厭な気持ちになるので、基本的に鏡はあまり見ません。この世の鏡は全部割れてしまえばいい。そうしたら水溜りに姿を映すのだろうな。

ヨリコさんごめんなさい

七時に起きて毛布を干した。ニ度寝した。悪夢を見た。中途半端な悪夢。

悪夢その一:両親が連絡なしにやってきて私が眠っている間に部屋に入ってきている
→いやああああ!(おもに部屋の汚さおよび見られてはまずいもの丸出しの状態に対して)
悪夢そのニ:朝起きて窓を開けるとお隣の家がなくなっていて断崖絶壁になっている
→勘弁して下さい。
悪夢その三:更に網戸に向かって大量の蜂の群れが飛びかかってくる
→怖い怖い怖い
悪夢その四:冷蔵庫を開けたら野菜が全部液状化している
→ああああああ!
悪夢その五:これは夢だとわかっているのに起きられない
→起きたかと思うとまた夢な入れ子式夢

御馳走様でした。大変不快でした。酷い悪夢とは言い難い中途半端な悪夢です。ニ度寝はよくないということでしょうか。もう見たくないです。ゆえあってここ数日でシュヴァンクマイエルのアリスを何回も見直していたのですが、たぶんあれの影響も大いにあるのではないかと睨んでいます。気持ち悪くって、悪くって。好きです。

 *

今更ACIEMANのlifeをへヴィリピートしています。目新しさはないけれど、いかにもACIDMANらしい作品だなと思います。しみじみとよいです。だからちゃんと購入しようと思いました。買わずにレンタル、しかも一般落ちしてから、というお金のかけなさで音を入手していたのでした。

ライナスライナス

色んな人が忙しそう。生命力ガンガンでびらびら輝いてる。私は暇。かつ自堕落。世界に謝罪したくなる。TSUTAYAにCD返してくる。

とても寒かった

外の立ち仕事はニ十度前後のとき以外はしたくありません。寒い、寒いかった。日本語が崩壊しています。あと一時間したら片付けに行って、それが終わったら帰れるかな。明日はお休み!

フライデーナイトなのよ

SHOWはMUST GO ONでそしてパレードは続くのだからダンスならば夜を徹して踊られなければならない。まだ見ていたかったなあ見ていたかった。こうしてまた生きていてよかったを消費するけれどそのために生きているのだから悔いはない。絶対量が決まっているわけでもない。決まっていたとしたら私はもうとっくに死んでしまっていると思う。

近藤さんの筋肉だとかしなる皮膚だとかパルパルと信号を伝える神経だとかを想像すると物凄く人体の不思議展に行きたくなった。人体ってやっぱり不思議。不思議で不思議。不思議なことが不思議。まあそれはいい。

バラバラで好き勝手でめいめいさあ俺を見ろ今見ろすぐ見ろ俺を見ろ!でパワーに当てられて眩暈、ああ気持ちがいいなあ!すごくよかった。いつだって私はハイにさせられる。

そんな訳でコンドルズを観てきたのでした。冷静に思い返すとコントが長かったことが少し残念。やっぱりコンドルズはダンスが一番好き、コントもいいけれど。
まだ落ち着かないし携帯の電池も切れそうだから終了。後日、私の為の覚え書きを書かなければ。ああやっぱり主催が好き、あの動きが好き、あの動き、動きが。躍動。

書こう書こうと思って随分と忘れていたこと

泣くで思い出しました。ミミズクと夜の王。あれは読んでいる時間の半分以上は滂沱とだらしなくだらだらと液体垂れ流していましたあれは泣くよね。構成がとか詰めがとか練りがとか文体がとかそういったことをぐだぐだ言う奴は極めて無粋だと思うのですあれはよい話です。技術とか語彙とかそんなことを左脳でしくしく考えながら読んでいる人は酷く失敬な人ですなんて失敬なことを言いたくなるくらいよい話です。泣きすぎてこめかみが痛くなって次の日すごい顔になる話だしライトノベルだから買うの恥ずかしかったり買って読んでも合わない人は途中で投げ出してしまったり買って読んで泣いてもライトノベルだから恥ずかしくて人に言えなかったりするけどでもあれはよい話だと思うと私は大きな声で言いたい、けど言えないから書いた。あれはいい物語だよねひかりさん。

歯磨きをしよう

泣く話。

私は小説やら映画やらとにかくなんらかのストーリーを享受したとき、涙腺決壊を起こすタイミングが明らかに人より早いです。すぐに泣く。何故泣くのかと自分で軽く引きながら問いかけたいくらいにすぐ泣く。この間ゴダールを観ると書きましたが、(結局三回見ましたが面白いと思えなかった。ただ、映像がとても綺麗で女性のファッションが可愛らしかった、あとたまにとても素敵な台詞があった、そこはよかった。しかし鑑賞には忍耐が必要でした、私のシンプルな脳みそには難しすぎる。難しいのかどうかということすらよく分からない。全然難しくない気もして困る。たったひとつのはっとする言葉や映像のために延々と我慢を続けるという行為はハードボイルド小説を読むこととよく似ている。)そのとき一緒に借りてきた「ミスターロンリー」という映画があったのですが、(これはもう酷くつまらなかった。私を退屈で殺す気だろうかと思った。退屈は神をも殺すというのにそんな凶器を人間に対して振りかざすなんてまったく酷い話です。途中までは「内容は酷いけれど映像は時折素敵だからまあアリかしら」と思っていたのだけれど、最後の最後で運命とかほざきやがったので思わず罪の無いパソコンのディスプレイを叩き割るかと思いました。)本編の前に延々と色んな映画の予告編が入っていて、私はそれをぼうとしながら見ていたのです。恐らく二十分程度の時間、色んな映画の予告編を眺めて、そして私は五回くらい泣きました。馬鹿だと思う。自分で馬鹿だと思う。

しかし泣いたからといってその映画を見たいと思ったか、興味を持ったか、そう言われるとそれは違う。別にそうは思わない。私は映画や小説ですぐに泣くけれど泣いた後にこれ面白くなかったと平気で言う。でもだってそうじゃあないですか別に泣きたいから物語を飲んでいるわけではないんです。泣ければいいわけではない。私にとって泣くという行為は特に大きな意味を持っていない。むしろ涙を流してはい終わりなんて作品には用がない。涙がどうしたそれはただの液体だ。流したからといってて大きな意味があるわけではない。そんな訳で泣いている人に優しくすることが苦手なのかもしれないなあと相変わらずの発想の飛躍を披露しながらさっき道端で泣いていた学生(取り敢えず見なかったことにして通り過ぎた)を思い出しながら思うのです。ちなみにこの話この段落とこのひとつ前の段落は半分くらいフィクションで半分くらいノンフィクションですが、半分がフィクションならばそれはもはやフィクションであると言えるし、半分がノンフィクションならばそれはもはやノンフィクションであるとも言えるでしょう、でもこんな言葉遊びになんの意味があるんですか?

シンナーとバンテリンのにおいがする

シンナーはともかくバンテリンの意味がわかりません。

最近煙草とお酒と縁遠い生活を送っています。いい傾向です。先週の日曜日は、結局サイゼリヤでビールを一杯飲んだだけでした。私は健康になれるかもしれない。最近早起きだし。一体どうしてしまったというのでしょうか。知らない。知る必要もない。もう11月なのに今年は暖かくて嬉しい、よいことです。今週は珍しくちゃんと仕事をしている。いつもこれくらいあればいいのにな。暇だと脳みそが溶けてなくなって腐っていってしまう気がします。暇でないことはよいことです。

メモ

庭園美術館
横浜トリエンナーレ(11月中)

メール全部返信する
Tさんに連絡
T先輩に連絡
Hちゃんに謝罪

ラップ
ニンジン
ジャガイモ

靴底

ウィスキーと春樹のこと

先週のリンチライヴ以降、一滴もアルコールを口にしていません。つまり、もう一週間以上。私としては驚異的な数字です、一人暮らしを初めてから今に至るまで、三日以上アルコールと離れて生活したことはなかったので。しかもさっきまで、特に飲みたいとも思っていませんでした。このまま禁酒いけるのではなかろうかとまで思っていました。さっきまでは。

現在私は、森美術館へアネット・メサジェの個展を見に行く途中なのですが、家を出る前いつも通り適当に文庫本を見繕って道中の友にしようと持ってきたのです。全て再読なので多めに見繕って、三冊。伊坂幸太郎の重力ピエロと、森博嗣、土屋賢二の人間は考えるFになる、それと、村上春樹の、もしも僕らのことばがウィスキーであったなら。

そうですお察しの通りです、さっきまで読んでいたのです、もしも僕らのことばがウィスキーであったなら。ダメ、飲みたい、今猛烈に飲みたい、ウィスキーが飲みたい。シングルモルト・ウィスキーが飲みたい。ダブルで、ストレートで。あと黒ビールも飲みたい。ああダメ、もうダメ。飲みたい。

禁酒をしたいのならば、春樹とは袂を分かたなければなるまい。このエッセイほど強烈ではないにしても、春樹の小説はいつだってビールとウィスキーとパスタとドーナツが欲しくなって困る。禁酒をしたい人は、春樹を読んではいけない。
とは言っても私は、別に積極的に禁酒をしようと思っていたわけではないので、春樹も読むしお酒も飲みます。あー今日はアイリッシュ・パブへ行こうよT田くん。パブじゃないにしても、ウィスキーが飲めるところへ行こう。

六本木。行ってきます。

映画はあまり観ないのですが

三時に目が覚めたのでお風呂に入ってご飯を食べて本を読んで掃除をして本を読んでシンセ弄ってご飯食べて映画一本見たら途中で眠くなったので眠りました。先日趣味の合う方数名にゴダールを薦められたので観るように努めているのですがどうしても途中から眠くなります。今回は軽蔑を借りてきたのですがやっぱり眠くなって途中までしか観れていません。これを上げたらもう一度チャレンジしてきます。好きになろうという意志が先にあってその結果好きになったものにだって、ただ純粋に好きになったものと同等の、もしくはそれ以上の価値があると思うのです。
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