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つるっ

おにぎりよりおむすびのが可愛い
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東京は雪だそうね

兎が渡してチェルノブイリが受け取ります。兎が渡した形とチェルノブイリが受け取った形が同じであるとは限らないよね。だって兎が渡した形の内部に蹲ったイナゴが、チェルノブイリの受け取った形の内部で蹲ったイナゴであるとは限らないもの。蹲っていないかもしれない。もしかしたら、イナゴですらないかもしれない。兎はチェルノブイリではないし、チェルノブイリは兎ではないから仕様がないよね。兎が兎に渡しても兎と兎は違う兎だから同様の現象が起こることは仕様がないわよね。仮にチェルノブイリがチェルノブイリ自身に同様のことをしたとしても、チェルノブイリの中のチェルノブイリはひとつでないから同様の現象が起こることはやっぱり仕様がないのよね。貨物車でなくただの媒介に過ぎないソレが兎から発射されてチェルノブイリに突入し、チェルノブイリの中でどのような現象を引き起こすかなんて誰にも分からないのよ。だって誰もチェルノブイリがどのような成分で構成されているのかなんて知らないんだもの。そんなことはチェルノブイリ自身も知らないわ。兎の中で赤色を引き起こしたソレはチェルノブイリの中で緑色を引き起こす。ソレは只の媒介だからソレ自体に意味を見出すことは本当に虚しく、ソレの力を信じることはできてもソレ自体を信じることは出来ず、そしてソレを味方につけることは、私には決して、出来ない。さあてクイズです、ソレってなあ~んだ☆


ここから下は昨日の日記。


有休取って昼間っからビール飲んで本読んでんの。引越しの準備が遅遅として進まないの。スクールアタック・シンドロームを読んでつらくなってんの。わっかんねーけど私の宗教はだって愛だから愛はとても大事。舞城はいつも愛の話をしてくれるから私にはとても読みやすく、つらく、吐きそうに気持ち悪く、そんで眠くなるのね。つらい。暴力がとても怖いものだということを理解するにはこんな意見で申し訳ないんだけれどやっぱり殴り合いをしてみるのがいい私は思う。もーさー実際に人を怪我させたり怪我させられたりしてみろよ!痛いぜ!そのせいで一ヶ月松葉杖とかになってみろよ!痛いぜ!管理された殴り合いをもっとするべきだと私は思っている。けれど聡明な人は殴りあいなんかしなくても殴り合いは痛く自身にとっても他者にとってもしいては自身にとって危険なことであると知っているから、聡明な人は管理されて殴り合いをする必要はなく、その見極めなんて決してできないからこの言葉はなんって無意味だろうか。ほんと生きているものは殺されるべきではない。そう言いながら私はバルサンを焚くだってゴキブリ気持ち悪いも~ん。遮光カーテンを閉め切って照度を落とした部屋は薄暗く、ローズのアロマが異常に自己主張しながら、私の血液は厭な匂いをしているし、近頃の雨で干せない毛布が埃っぽく、近所の犬が吠え、隣の家の赤ん坊が猫のように鳴き、さて私は安いワインのコルクを引っこ抜いて続きを読む。私は引き籠ってもDVDをたくさん見たりはしないだろう。たぶんたくさん寝て、たくさん歌って、たくさん弾いて、たくさん吹いて、そんでたくさん読んで書く。そしてたくさん眠る。私は死にたいのかもしれない。でも私は自分が死ぬことを許容しない。つまり死にたくなんかない。これはとても難しい話。難しい話と表現することで棚上げにされた本当はとても簡単な筈のなにかが、どこかで猫のように泣いている。にゃ~ん。

舞城王太郎/みんな元気。

舞城のみんな元気。を読んでグロッキーになっている。気持ち悪くて吐きそう。最近暇そうな記事が多いのは実際暇だからです。三月半ばになればもう少し忙しくなるのだけれど今本当に暇。プライベートは忙しいのに仕事は暇。あー気持ち悪い。なんでこの人の話の内容はいつも血液と精液べっとりなのに感じ取られる空気は血液と精液的なものなのかが本当に回りくどく、そこが好きなのだけれど、血液と精液が中に入っているのにフェイクで使う表現が血液と精液的なものって、本当にまったく。血液と精液的なものを剥がすと中には血液と精液が入っている、じゃあもーいったん血液と精液的なものでカバーを掛けないでまんま血液と精液でいいじゃん、とも思うけれど、でもやっぱり、血液と精液そのものと、血液と精液的なものは違う。彼の話はいつもカバードウィズ血液と精液的なものでカバードウィズ血液と精液的なものの彼。舞城は血液と精液を語るために血液と精液的なものを使用する、そしてそんな風に直球なのか婉曲なのかイマイチ不明瞭な婉曲な癖に饒舌で超スピードなものだから本当、それはつまり他の人は十キロメートルマラソンでそれなりに頑張ってコースを走ってんのに一人だけ七百三十三キロメートルを時速七百三十三キロメートルで走ってみんなと同じゴールにみんなと一緒の時間で到達するようなもんで、酷く無駄なようで、つうか無駄で、本当、その走った行為自体に価値を見出さなければ本当にそれはただの無駄でしかなく、私は彼がとても好きなのだけれど、疲れるし、気持ち悪い。浜崎あゆみの歌のように終始半音ずれていてその上で♪=200の超速で三十二分音符三十二分音符三十二分音符ツーバスドーン!みたいな人である。気持ち悪い。疲れる。好きよ好きよは好きのうち。当たり前か?そんなことねーだろー。

さよなら

あなたが好きで絡めた想い、真っ赤な糸。


笹淵脱退。厭だ。駄々を捏ねたい。厭だ。まだ聴いていたい。短いコメントからは測れない色々がある。バンドを脱退してスタジオミュージシャンにでもなるのか、はたまた音楽自体止めてしまうのか、笹淵のドラム聴けなくなったら私はどのドラマーの音で踊ればいいの?走ったり乱れたりするところ全部含めて私は彼のプレイが好きでだから彼のドラムがまた聴きたいまだ聴いていたい!私は彼のプレイスタイルが本当に本当に好きで、シャッと伸びる一本の直線のようなでもどこかしらエッジの立ったスマートとは言えないけれどまっすぐ突き進んでぶち抜いていく鋭い音、それが私は大好きで、だって彼のドラムで描かれる、MayDayが、幻燈機械が、睡眠薬が、あまりにも素晴らしいってことがが私には忘れられず、日武のドラムソロが忘れられず、大好きなのに、悲しい。もうプラはスリーピースでやっていくといいと思う。今更新しいドラマーに加入されてもたぶんきっと落ち着かない。サポートでいいと思う。止めないで欲しい、なんでなんでなんでどうして。現メンバーでのラストライブには行けない、もういやだ。

火星に代わって折檻よー

ハイヒールでおしおきよ!より、火星に代わって折檻よ!の方が酷いと私は思うのよね。私はあみちゃんが大好きでした。でしたというか、今も好きです。アニメのレイは嫌いだけど原作のレイは好きです。

うちにはミキサーやフードプロセッサーがないので、ペーストを作るときは全部手作業。麺棒が大活躍する。今日はニンニクとタマネギとセージとレバーを炒めて麺棒で潰しに潰して擂りに擂ってレバーペーストを作ってクラッカーにつけて食べた。美味しかった。私は天才かもしれない。ちなみに、天才かもしれないの類義語とは、天才じゃないかもしれないである。

うんうん、そんで、目がすっごい痒いのだけれど、要するにヨリコさんて花粉症なんでしょ?花粉症なんですって。ふんふーん。ほんと杉は繁殖しなくてよろしくてよ。けっこう本気で、目が痒いんだよ!くしゃみでるし!しんどいったらない!私は花粉症じゃないけどね。ただ目が痒くてくしゃみが出て熱が出て頭痛がするだけの、花粉症じゃない人です。チケットも外れるしよー。

んーそれはテトリス!

Mちゃんに会いました。元気だった。K田さんにも会った。元気だった。二人が仲よさそうで和んだ。久し振りに話せたので嬉しかったです。近くに住んでいる癖に全然会わないから。彼氏いる人はちょっと誘いづらいし、でもやっぱりたまにはみんなで会ってご飯でも食べたいなーと思いました。てゆかMさん相変らず超可愛くて目の保養になった。彼女みたいな人は居るだけで環境美化に努めていると思うし、世界の劣化を食い止めていると思う。明るい人は、(もちろん、安易に明るいという言葉で定義づけて、その人の精神を圧迫する、鉄の型に嵌め込む、それ以外の価値を拒絶する、そういったことをしてはならないしそういう意図で使っているのではないけれど、)それだけで素晴らしいし、ひとつの変えがたき価値であって、彼女みたいな人をみると羨ましくかつ情けなくなる。明るい性格と一般に表現される性格の人は、人を優しい気持ちにしたり楽しい気持ちにしたりする。根暗は正反対。ほんと根暗って最悪だなーと思いました。私は彼女がとても好き。久し振りに会えて嬉しかったです。彼女はいつもきらきらしている。

書類と電話。

 ***

ロイスクレヨンで可愛いジャケットとスカートがあった。欲しい。計六万なのでもう少し考える。

あああああ

筋少×ミドリ当たってたのにプレで当たってたのに振込み昨日までだったの忘れてたあああああ折角当たってたのにいいいいいまりこおおおおおおしかもこれのせいで他の公演が当たる確率まで少し下がるじゃないかああああこんな勝負の時にいいいいいああもうこれで東京も駄目だよおお最悪だよおおおうあああああもう朽ちる朽ちる散る散る満ちる、青い鳥は死んだってさ!

納豆納豆

たまに急激に萎えたり、するのも本当に、トカトントン。あー。でもそんなことを言っていたら最後の段落のごとく怒られてしまうからもう少しちゃんとやろうか、まったく本当に、昔から変わっていないんだね、いや昔と言うほど昔じゃないのかもしれないけど、太宰の話だけど、もー甘えをもう少し許して欲しい、でも誰に?トカトントン。聞こえるわけですよ、馬鹿らしくなって、でもそうやって斜に構えていい気になってすかしているうちは本当、屑だよね。トカトントン、トカトントン、じゃ、ねえよ!
お昼に納豆キムチスパゲティを食べたからものすごくお口クサイ。(推測)トカトントンとか聞いてる場合じゃなくて、書類、書類。青空文庫に遊びに行こかな頭空っぽになっている状態だとあの場所はとても馴染む。読みあさった後はパンクしそうになるのだけれど。つまり私の頭の中に元々私の物であるものは何一つとしてない。私の頭の中にあるものは全て借り物でだから無理矢理詰めると許容量オーバーでパンク、そんで食べ終わっちゃうと本当にお腹が空いて、また食べに行ってパンク。肩凝りが酷い。

偏った見方:例その一

久し振りに朔太郎を読んでものすごく落ち込んだ。から、元気になれるだろうと思う。どん底を経験していない精神は、下がれば上がる。私の精神の定型。チョコレートチョコレートチョコレート。熱で溶けて正体不明になって分離するね。また固めたらすごく不味い。チョコレートチョコレートチョコレート。このイベントは女の子が女の子に配って回って友達と一緒にわいわい言いながら食べるものだと思っていたよ。私は本当に女子校気質なんだなと思う。職場には絶対配らん。なんで男なんかにチョコやんなきゃいけないんだ!男の癖に!ナマネギでも噛んでやがれ!あと爪楊枝しゃぶってろ!

あなたに点眼マキアート

ゆえあって大学生の本棚を覗きまくる機会がありまして、いえ別にそれが主とされた行為だったわけではないのですが、なにぶん人様の本棚に類稀なる興味を抱きますわたくしですから、主目的の集計を行いつつ、ばっちりがっつり本棚ウォッチングを楽しんできたわけなのです。偏っているかもしれませんが、わたくしの覗いた本棚において見られた傾向として、やたらと多くの大学生が読んでいた本を以下に。

・~型の取扱い説明書
・村山由佳
・石田衣良
・海辺のカフカ

なぜだか知りませんが、春樹の本は海辺のカフカ率が高かったです。あいつもこいつもみんなして海辺のカフカ。なぜ。わたくしは春樹の作品の中で、海辺のカフカはあまり好きな方ではないので変な気分。厭に暴力的で性的で、ディタッチメント→コミットメントの流れを思い知った作品なのです。読んでてつらかった。大学生受けする作品なのかしら。
わたくしは春樹は短編が好き。レキシントンの幽霊で泣いてTVピープルで泣いて神の子供達は皆踊るで泣く。楽しくても頭きても悲しくても嬉しくても感情が感極まると泣くのだから泣いたという感想はあんまり感想になっていないかもしれない、けれどどのベクトルにしたってそこまで揺さぶられたということはとても強いことで、だったらそれも感想なのかもしれない、でも今は大学生の本棚の話をしているのですからそんなことはどうでもよいです。
わたくしは長編はやっぱりノルウェイの森が好きです。あとスプートニクの恋人は最後に吃驚するくらい優しくされて泣いた。あれは本当好き。でも基本的に長編よりは短編の方が好きなのでした。長編作家であると公言している村上さんには申し訳なく思うけれど、わたくしは短編のほうが好き。まあそんなことはどうでもよろしくてよ。

 *

花粉が飛び始めている。植物よ、繁殖なんかするな。植物よ、主に杉よ、繁殖なんか、するな。ファック!(ファブリック!の略)花粉ファック!(花粉ファンタジック!の略)マスク買わないとなあ。ほんとにヨーグルト食べるといいんだろうか。いっそヨーグルトを顔に塗って出勤しようか。

シャワー浴びてTSUTAYAへ行くぞよ

ノーミュジックノーライフのイエローをぶら下げる人たちのどれだけが心からノーミュージックノーライフの信仰を抱えているだろうか、例えばそれはノーミュージックの世界が構築されてその中に取り込まれた人が死亡するか否かで証明されるでしょう、しかしノーミュージックの世界なんてどう足掻いたって作りようがないからそれは決して証明することが出来ない。例えば聴覚を奪ったところで、人からミュージックを奪うことは出来ない。ところで私はノーミュージックでも意地汚く生きるでしょう。私のミュージックは、私の聴覚と共に死ぬでしょう。私は音楽が大好きだけれど命を賭けてまで愛しているかと問われてイエスと返す自信はない。本当にノーミュージックノーライフの世界に生きている人にとっては聴覚の喪失とミュージックの喪失は同義でないと思うけれど、私の場合、私は温いから、聴覚の喪失とミュージックの喪失は同義でしょう。聴覚、しかし、私が一番怖いのは視覚を失うことだ。一番失いたくないのは視覚。聴覚は二番だ、好きだけど音楽。ピアノもシンセもトランペットも私の指や呼気を信じてくれなくなる、それはきっと悲しいことだろうけど、でもやっぱり視覚。本が読めなくなったらもうなにも出来なかろう。朗読じゃだめ。脳内で再生される、私のリズムの言葉で取り込まれた書籍が、私の中で熟成されて、本当の価値を失って、私みたいなしょうもない小娘の細胞の一つに成り下がる。それはたぶんある種の儀式で、それは生に向かうための儀式で、だからその儀式を失ったら私はちょっと生きるのが難しい。私の視覚が消えないことを祈っている。そんなことを考えながらノーミュージックノーライフの袋を店員さんから貰う。イエローは危険信号、そして最も明るい色、だからこそ危険信号で、でもだからこそ明るい色。

ところでバレンタインなんですよ、そこら中で美味しそうなチョコレートやらチョコレートビールやら売っていて口元が締まらない。おーいーしーそーうーだーよーねーえ。

さてどれがどこにかかるか

学べ学べ学べ。イカってさあ、足が十七本なんだよ。嘘だよ。知っているよ。嘘だろ。嘘なんだよ。

あたくしのフォビア

昨日はヨリコさんとカレー食べてお茶しました。スープカレーのお店を紹介して貰ったのですが、本当に美味しくてビックリドキドキ、すっかりときめいてしまいました。惚れたようありがとう。辛いの苦手な私にはいっそ苦行のごとく辛かったのですが、辛いのに、本当に美味しくて、全部食べてしまいました。辛かったーでも美味しかった!最終的にはチーズの力を借りましたが(笑)食べ切れて良かったです。
その後はタリーズでお茶。五時間居座るという暴挙。もうほとんど何話したか覚えてない…すげ下らないことばっかり話していたことは覚えているのですが。あ、ヨリコさんの使っているヘッドフォンが金額×性能=グッドコストパフォーマンスだったので私も買おうかしらと思いました。ほんと、なに話したのだっけ?人間の髪の毛に葉緑体があればいいのにとか話したのは覚えているのですが。そうして人間の髪が緑になるんです、そして環境に関する条例とかで「晴天の日は少なくとも一時間太陽の下に出ること」が定められたりするんです。髪を伸ばすことがエコで切ることがエゴ。ロングの人は「ハッ、エコぶりやがって偽善者が、むかつく」とか言われたりして、ショートの人は「信じられない、今の地球のことをわかってないの?自分のことばっかり」とか言われたりするの。

 *

金曜日は誘って貰ったのでビアンのクラブイベントに行っていたのですが、やっぱりつくづく私はビアンじゃねーなと思いました。女体って肉じゃない、お肉お肉、気持ち悪いよねあれ、男女問わずあれに欲情できるてのはなにやら凄いことだなといっそ感嘆。ある種の軟体動物。骨があることが信じられない、たっぷりと波打つお肉、服着なさいよ気持ち悪いなあ。みんなすげー恋愛したがってて怖い。恋愛したい、恋愛したい、ああ恋したいなあという言葉が本当に理解できなくて背筋がざわざわ、一種の恐怖体験。わからないものは怖いでしょう、それは本能でしょう。

ジーザス・ファッキン・XXXXX

宅急便が届いた。佐川急便のおじさんに「重いですよ」と言われて受け取った荷物が重くなかった。強い子。

お前なんか使用済みの生理用品だよ

自分と同じタイプの人が苦手なんだよ。自意識過剰で自己防御のための攻撃性に特化した人。感情の波が激しくて脊髄反射で言葉を吐く人。そして発言に責任を持たず不利を感知したのならば即時撤回もしくは正当化も厭わない人。神様が降りてきているときは自身の正義を一欠片も疑わない人。そしてその正義を他者に押しつける人。
そしてここからは他者のみの話になるけれど、往々にしてそういうタイプの人は、それに対して自覚的で、自己統制がきちんと出来ていて、たまに核が滲むけれど、節制と錬磨を厭わないから(それが自身のプライドに端をなす物であるとしても)社会的にきちんとした人が多い。物事を為すパワーのある人。
でも私はそれがなく、ただ駄目なだけだ。この核に柔らかく甘い表層じゃあもうほんと、なにもできない。

穏やか人が好きで、優しい人が好きで、そして私の知り合いにはそういった人が本当に多いけれど、だからと言ってその人たちと話過ぎると私は過剰に荷物を預けてその上見下して調子に乗るからもう本当に、だから、人付き合いとかしなければいいと思うのよね。あー爪磨くの忘れてた。

煙草吸いてえ!

吸わねえ!あーくそ頑張れ!頑張んないなら死ね!死にたくないなら頑張れ!

まともなことが書けない

継続はなにかの力なりや?うん、なり、ということで毎日記事を書く。がりがり書く。(擬音語が適切ではない気がするのは気のせいです。)あーでもやっぱり、書きたいことなんてほとんどなくって、ごく普通の日常を見送ってばかり、なら書かなけりゃいいじゃんという話なのですがこれは自分にとっての記録の意味も有しているのでそういうわけにもいかないのです。あくまで個人的な事情、どこまでも個人的な事情。今日は節分ですが特になにをする予定もありません。豆も恵方巻きも思考の彼方です。鬼も福も居て構わないし、縁起を担がなくてもいいことはたぶんあります。

爪が弱い。

意義を欲しがるのもね

幅幅ハバハバハナバナナ蝙蝠

 席を外しても大丈夫になった。明智さんは見捨てられていなかった。ボンボン!ボン!
 幅幅て幅を二回並べた字面と蝙蝠て字面はちょっと似ていませんか。似ているからだからなんだだなんて無粋なことを仰るあなたに私はぷんぷん。だからなんだだなんて。呪文みたいだよね。
 携帯が復活しました、良かった。ありがとうドコモショップ。価格見直しもしてくれてありがとう。

 *

脈絡なく太宰の話。
私は基本的に太宰治が嫌いで、嫌いだという話をこのブログでも何回かしていると思うのですが、「この人が嫌い」はその人全否定ではないし、「この人が好き」はその人全肯定ではなくて、だから私が太宰嫌いと言うとき私は太宰治の全作品を否定しているわけではなく、その嫌いという言葉は幾つかの好きな作品を内包しています。その中の一つが斜陽なのですが、私はあの話が、とても好きなのでした。

彼は自意識過剰のセンチメンタリストだと思っていて、でもそんなことは同様のことも反対のことも深いことも浅いことも語られ尽くしているから、私が私の言葉で書かなきゃいけないことは特にないなと思っていて、私が私の言葉で書けることは特にないなと思っていて、むしろ私のバツバツバツが露呈するのでやめとこうと思うのです。だから私が太宰の話をしたいとき、そして斜陽の話がしたいとき、私がどうしてもこれは色んな人に「私はこれが好きなの!」と不必要な自己の強制的散布を行いたいとき、私が言うのは、とにかく斜陽の、語り口が、あのうつくしい語り口が、私は大好き、そのことだけなんです。

そこらじゅうで読まれ尽くされていて、もう無料で読んじゃうことすらできる、名作傑作と絶賛され世間に認められ尽くしている作品に今更あーだこーだ言うのもまったく無粋な話だし、必要はないし、むしろこういう多くの人に惜しみなく賞賛され惜しみなく評論され惜しみなく批判されあらゆる角度から舐め尽された作品に対して言葉を吐くときその人間の底がちらりと覗いて、私は自分の底が酷い浅さときったない色を誇っていることを実際の自分の半分程度には認識できていると思うので、だからそんなもの晒したくないのですが、でも話したくなったので話します。こういったところが底の浅さかと思います。でもそういうことを気楽にいえる立場のバツバツだから私は好きなことを言う。

そう斜陽。

私はロシア語が読めません。ロシア語が、というか基本的に異国語は読めません。英語は辞書と大親友になってようやく意味はつかめるかしら程度で、基本的に異国語は読めないんです。そのせいで私は外国の小説を原文で読むことはほとんどなくて、たまに一生懸命頑張って英語力をつけようと英語原文の戯曲やら小説やらに手をつけることはありますが、つうかぶっちゃけシェイクスピアくらいなんですがそんなことをしたのは、しかしとにかく、だから私は外国文学はどうしたって翻訳に頼ることになります。そして私は、翻訳の文体と、まったく折り合いが悪い。基本的に外国文学を読んで感激する事はあんまりなくて、今まで脳天をズコーンと叩き割られた覚えのある他国の作家はゲーテとヘッセとカフカくらいで、次点でサリンジャーがくるくらいで、他は毎回特に無感動に読む。だから私は斜陽を読んで、斜陽が大好きになったから、そのあとにチェーホフの桜の園を読んだのだけれど、まったく感動はなかった。確かに内容的には似ているのだけれど、桜の園を読んで斜陽を読んだときのような背筋をすすすと這い上がってこめかみの部分をじわあと侵食する熱に犯されたかというとまったくそうではなくて、だからやっぱり、私が斜陽を大好きなのは、その理由は、だからやっぱり、その語り口だと思うんです。内容も好きだけど。

かず子のさらさらと流れるうつくしい日本語が好き。むつかしい言葉は全然使われていなくて、すんなりと自分の内部に収めることができる。消化が酷く簡単で、飲干すのに時間がかからないから、味気ないと思ってしまうのではないかと危惧を少し、ほんの少ししたことがあるけれど、でもそんなことはないなあと読むたびに思い直すのでした。簡単に飲み込めてすっぽりと馴染むのだけれど、そうやってほんの数秒の咀嚼の間に確実に感嘆がそこにはあって、それが絶え間なく、そしてとても暖かい、暖かいと表現するには熱いに近い、熱をその咀嚼は生んでそれがとても心地よい。斜陽を読むと、ほんとうに日本語はうつくしいのだなと思う。私はちゃんとできなくて、ああ綺麗な日本語を使えるようになりたいなあといつも思う。思うだけでなにもしないからダメなんだけど。それがダメなんだけれど。

そんで私が一番好きなのは、直治の遺書の部分なのだけれど、私はあの文章が本当に好き。とても好き。惜しみなく好き。人の言葉を勝手に借りるけれど、ごめんなさい、嫌いなものを語るにはいくらでも言葉は出てくるのだけれど、好きなものを語るには全然言葉は出てこなくて、尽くせば尽くすほど空しくなってきて、うそ臭く、ばかばかしい、だからなにもいえないのだけれど、私はあの部分が本当に好き。そしてこれはあんまり関係ないのだけれど、ミドリカワ書房のかあさんを聞いていると、この直治の遺書を思い出したりする。あんまり内容的に関係はないのだけれどね。

トゥートゥートゥー

一個前の記事のテンションがあんまりにも高すぎて恥ずかしかったので消去しました。嬉しかったんですよルンルン。トゥルンルン。六月はうきうきのすとーんですね。どきどきしちゃいます。トゥートゥートゥー。さっきTSUTAYAでディルと井上陽水といるかを借りたら変な目で見られました。失敬な。日本のフォークソングは素晴らしいのよ。近所のTSUTAYAは一年ほど前からずうっとミドリをプッシュしているのですが、何回か変わったポップ、改めまして、初めまして、ミドリですのポップ、あれが何回か変わっているにも関わらず、毎回、デストローイ!て書いてある。でもそうか、致し方ないか、確かにあのアルバムの感想を端的に述べよといわれたら、私も、デストローイ!としか言えない気がします。ラブリーゆきこさんデストローイ!そんなわけで眠ります。グッドデストロイキューティーハニー。

えええ、ちょっと、え、なに、マジ?

リキッドのタワーカフェがカピバラさんカフェになるのですって!かっこわらい!次リキッドに行くときは、是が非にでも行かくちゃね!今のところ行く予定ないけれどね!カピバラさん!リキッドにカピバラさん!合わない…。

lynch.参加のCounter culture@赤坂BLITZに行ってきました。OAで知らないオサレ系がやってて、その後lynch. , heidi, , sadieの三組がやるという形。lynch.はやっぱり一発目でした。アドアー・スターズ・59・新曲・アンビバ・ユニバース・アイムシック・ドーズ・アンノウン・パルス。結構いいセトリ。

新曲はしっとりで、レオさんがアコギ、葉月の超もっさり茶髪ぴちぴち服も相まって、正直どこのラルク?て思いましたが悪くはなかったです。一カ所だけシャウトしてた。ゆうすけが髪の毛さらさらで髪型も可愛くて綺麗だったんですが、髪のせいで表情まったく見えませんでした。いんだけど、どうせ暴れてるからなんも見えないし。

や、でも、割と楽しかったんですけど、割と楽しかっただけで、突き抜けた感はなくて、超普通のライブでした。普通ってことは退屈ってことで、つまんない。lynch.はいつもライブ楽しいから期待しすぎちゃうのよね。んー。いや、暴れるのは暴れたんですけど、でも、やっぱりそこまで素晴らしく楽しかったという感想はないです。BLITZがキライというのも大きな要素の一つかと思います。

lynch.聴いて帰っちゃったのですが、アンコでセッションやったと聴いて少し後悔。しかもheidi.と一緒に泡沫。葉月が泡沫歌うってちょっと想像つかない、見れた人羨ましい。しかもそのとき、黒夢のパーカーを着ていたらしいです。ちょっとちょっとお兄さん、好きなのは知ってますけど、あなた、そこステージですわよ。そゆとこ可愛くて好きですけど。や、それにしても、超普通のライヴでした。欲求不満だなあ。
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