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実家にいます

音色の閉店時間は八時なのですけれど一昨日ついうっかり店主と話し込んでしまい十一時までだらだらしてしまう、レンズ豆のハンバーグと生姜のアイスクリームとコーヒーをお供に安部公房とゆら帝の話をしてなかなかディープ、時間に気がつき謝って謝られて帰宅、昨日はドライブがてら私を拾いに両親アンド兄が来てくれたから車に乗って実家に帰り、だらだらし、夕食をつくっているところ。実家は調理器具が非常に充実していて実によろしく、どうでもいいけど私は眠たい、パンでも焼こうか。
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それはティシューじゃない

おとなりさんと更にそのおとなりさんと斜め上さんと餃子パーティーをする。昨日帰宅したらドアの前でばったりおとなりさんと出会い、実は、初対面で、ええ、ご挨拶のクッキーを持って伺ったのですけれどお留守でしたからあたし両隣上下のドアノブにクッキーをぶら下げただけで、会うのは、初めてだったのですけれど、「いまから餃子パーティーするんですけど一緒にどうですか」とゆわれてあっさり参加する。断れない病ですがなにかございますでしょうか。みんな大学生、さすが坂の上の安アパート、てゆうか隣の一人暮らし男子部屋ちょう綺麗だった。うぬうぬ、私の知っている男の一人暮らしはもっと荒んでる。てゆうかあたしの部屋が汚い。とかげがいた。そして私は全自動くつろぎマシーンなのでやはり初対面のおとなりさんの家で超寛ぐ。大学生のつきあい、というやつを久しぶりに目撃、みんなで材料費を割るあたり本当なんか健全で清清しく、開眼。ひとり三百八十円だった。餃子百個。おなか死ぬほどいっぱいになる。平成生まれ女子がすごく可愛かった。可愛い可愛い。とかげも超可愛かった。とかげ。なんだか定期か不定期かは不明なのですがアパートの人で集ってご飯を食べる会とゆう奴が一ヶ月にいっぺんくらい繰り広げられているらしく、また声かけますねーとゆってくれる。なんだろうこの健全、久しぶりに触れたら私なんだか逆立ちしなくてはならない気がしてきたよ。うぬうぬ。とても楽しかったです。餃子美味しかったし。でもやっぱしあたしには相応しくない気もしたよ。明るくてすごく普通でどきどき、皮膚が撥水していた。混じるのはわりと上手にできたと思う、私は私に拍手喝采、しかし、正しく、まともな正常さ、明朗さ、爽やかさ、清清しさ、に予期せぬ方向から出会い私はたいそう戸惑う。こういう世界の存在を私は久しく忘れていた気がする。触ることがとても難しかった。私の人格が頑張っていた。こういうことを言うと、楽しかった、またあったら嬉しいな、そういう気持ちが嘘みたいに聞こえてくるのはどうしてだろうな。それが不思議。餃子に肉を詰めすぎてはならぬ。

 *

スコーン焼いたらバターこまかくし過ぎて私の好きなごろごろしたものにならなかった。ココアパウダーとパンプキンシードを混ぜた私が悪いのだけれど、でも、だからと言って、お昼ご飯にそれをむしゃむしゃ食べている私に、「なにそれドックフード?」とか訊いてくるのはどうかと思うのよね。むっつり。確かにそれっぽいみかけだけど!しかも!「カロリーメイト的なあれ?」てなんだ!カロリーメイト的なあれ、とは!全然カロリーメイトじゃないし!「カロリーメイト的なあれ」て、意味全然、わっかんないし!××的なあれ、という表現、私大好物で頻繁に使用するので私がいうのもなんていうか、あれ、ですけれど!

今日の日記

昨日買った靴がかわいい。まだ硬いのでしばらく履いて柔らかくして慣らす。クラシック系の格好のときはこの子を履くことにする。背景は相変わらずヘヴィユーズされている鞄。

 ***

明日本牧リベンジしたいのに行けそうにない、憎い、あと上司憎い、さっさと転勤しないかな!職務倫理講習が今日あったけれど上司ねえ上司あなたパワハラの項だいぶ当て嵌まってたの理解しているかしら~らら~。

やなぎみわ「マイ・グランドマザーズ」@写真美術館/映画のポケット@気流舎

長い。

 *

眩暈がして、昨日のお酒はまだ残っていて、清潔な朝。小鳥が煩い。昨日は仕事明けで、珍しく六時起床などという健康的、稀少な朝であったので私はその時間を最大限有効に使用するべしと思って写真美術館やなぎみわ「マイ・グランドマザーズ」展でうっとりうんざりし新宿クロチャでがっかりし新宿マルイワンでジェーンとエクサントリークとアウアアをひやかし下北で首吊り芸人は首を吊らない。の桜井晴也さんにお会いし気流舎で行われていた映画のポケットとゆうイベントへ着いてゆきお酒を飲んで帰る。本当は原宿も行きたかったのだけれど(今期のMIHOMATSUDA私まだちゃんと見てない)さすがに時間がなくて諦める。

 *

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二十代から三十代と思われる女性をバシャンと撮ってぬめぬめと加工して皺皺、おばあちゃんになって、五十年後の姿、それがテーマらしく思われます写真美術館は二階で行われておりますやなぎみわ「マイ・グランドマザーズ」展。順路ラストにあるちっちゃな映像、おんなのこたちが「ハッピバースディディーアグランマザー、うふふふふ」と歌っている声が静かな会場に密やかずっとずっとエンドレス、こわい。

私写真なんて全然好きでもなんでもなくて、特に感動もしないし、愛していないので、そもそも、視覚情報が私はずっと苦手で、だから写真別に好きじゃないのですけれどでもだけどやなぎみわは好き。「ああやなぎみわとかすきそうすきそう」とか安易に推察されてゆわれるのはことのほか不愉快でなんだか、近頃安易にやなぎみわ好きである自身に不満を持ちしかしそれは内部に向けられるものでありやなぎみわのありようややなぎみわの写真のありようとはまったく関係がなく、だからやなぎみわは、ただ好き。
加工された皮膚が皺皺、年輪を重ねないのに年輪を重ねると想定された命の賞味期限の希望的観測によって皺皺、アクリル絵の具で描いた割れた卵みたいに艶艶していてそれでも皺皺、だからとても怖い。カラフルでポップな色彩とか、カラフルだけどポップじゃない色彩とか、ポップなのにポップじゃない色彩とか、色彩がないとか、相変わらずあの人の写真って気持ち悪いものであるよと思うので何回か座って休んだりしながら観て、眠たくなる。とりあえず上手に説明ができないからなんにしても私は私のために記録するだけだから私史はもちろん私だけが知っていればよいし、だからこれは、一般化する必要がなく、私のブログは私の言語によって書かれるし別に誰の理解も必要がないから、一般化する必要がなく、溝、とか、皺、とか、あれは例えば流れを作るものなのか、それとも妨げるものなのか、不思議に思いながら、とにかく皺は気持ちが悪いのだと思う。

私は写真を見ないので「一般の写真と比較して」どうであるとかはゆえないのであるけれど、だから、他の写真家もそうなのだろうなと推測するけれど私わからないから、このようなまるで「このことがらはすべてやなぎみわにのみしか通用しないのだけれど」みたいな言い方になるのだけれど、やなぎみわの写真はいつもなんだかうんざりするくらい彼女の世界を構築して他者の介在を許さない。マイ・グランドマザーズの一連のシリーズで撮影された写真はもちろん、被写体というたくさんの肉体としての他者が存在するけれど、展示の前書きには「被写体との対話を繰り返しながら生み出した」と書かれていて、つまり、精神は一時的な融合状態にあったことが推察されるし、それはどちらが寄り添ったとか、やなぎみわが引き摺ったとか、飲まれたとか、たぶんいろんな表現はできるけれど私はただ融合と言い、そしてその際被写体は写真家にとって他者ではない。そしてやなぎみわはどうも彼女の写真に他者に介在を許さない。私はだいたいそうゆうものが好きなのであーあーと思うのだけれど。うんざりしてうっとりする。

とはいってもあたし彼女の構築する世界自体は全然好きではない。退廃パンクみたいなものだと思うのだけれど、腐るように蕩けてあぁまい退廃パンク、まあ昨今よく眺めるものですけれどもしかし私ああいう世界はあんまり好きくないので、彼女の写真のなにが好きなんだといわれたらやっぱり皺エゴイズムなのであるよ、と私は、思う。

彼女が切り取り作成する老女は薄気味悪い。怖い。気持ち悪い。絶対に年はとりたくないと思う。とにかく歪でひたすらに気持ちが悪い。生々しい。でもそれはそのように演出された歪でつまり、それはつまり、歪ではないということでしかない。私はそうしてあれを観るたびに輪郭を思い出して、気持ち悪く、でも好きなんだなと思う。マゾヒストではありませんよ。
私写真なんてわからないし写真家のこともわからないから、その上私は狭い世界で幸福に生きているのであらゆる私と関連しない事柄を決め付けて生きているので、「写真家なんてどうせ全員ただのエゴイストなのですけれど」などと噴飯極まりないこともゆってのける。そして私が言うには

「その中でも、ありとあらゆる写真家の中でも、やなぎみわのエゴイスティックはまったく群を抜いていて非常に薄気味悪く痛快ですらある、ある種のおんなのこの中に含まれる微小の成分を過剰に評価し拡大し濃く濃く濃くしていってバアアアアアアン!と効果音付きでぶん投げてしまったのだからある種のおんなのこはまったく彼女の虜になってしまい、そうして彼女はそこから邁進しそれを濃度を薄めないままに一般化しようとしていろんなことをしているけれど大体そんなことって無茶だよね。やむちゃやむちゃ。彼女がどんなにうつくしい色彩やグロテスクなポップを売り物にしようとしたって一般化しようとすればするほど皺の気持ち悪さが引き立ってしまうんだ。もしかしたらそれはつまり一般化と捕らえたあたしの脳みそが腐ってるのかしら?」

とゆうこと。それはつまりなんでもなく、なんでもなく、なんでもない。
とゆうような抽象的なことばかり描いていても仕様がないし私はあらゆることを忘れてしまうので具体的に私が好きだった作品のことはメモをしておこうと思う。ちなみに写真は全部で二十六点、面白く観たのは十一点、好きだったのは六点、死にそうだったのは一点、泣きそうだったのが二点。以下展示作品リストに書き殴られていたあたしの小汚い感想、が太い字、今のあたしの追加は普通の太さの字。

SHIZUKA*未満の肉体 非対称 あたしはやる 倫理?
肉体を作る老女、作成される肉体の乳房が左だけ、貼り付けられ、右手が肘から先がなく、足が膝から先がなく、床に、手とか、あって、どうしてやっちゃいけないんだ?あたしを規定するのはあたしだけでいいはずだし、あたしはあたしを規定するべきであるけれど、どうしてやっちゃいけないんだ?
MINEKO*空 行けないとこ たぶん行ける
マフラーかわいい。体力的にそれはたぶん不可能。
ESTELLE*妄執
きれいと評する人がきもちわるい
REGINE&YOKO*ずるい
ふたりは無条件で羨ましい。ふたりという条件を満たしているだけで羨ましい。でもそれはひとりが厭だという意味では全然なくて、これを上手に伝える言葉はまだ世界に生まれていないのだよと全部世界のせいにしたいのだけれど、どうだろう?どうしてこんなに色が綺麗なんだろう?どうして人間がふたりでただ在るだけでなにかがうつくしくなるんだろう、あたしの持ち得ない武器だからそれはずるい。ずるくてとても綺麗。
MINAMI*病的でどうせ嘘つき、ピンクと青と白なのに遊園地、全然面白くなさそうでそれも病的、
大嫌い、本気で
MIE*それは安易
それは安易。
MITSUE*いずれとける つまりまだ張っていること
人間の皮膚は異物で、異物であるとゆうことは全然間違ったことでも悪いことでもなく、違うから、在れるのであって、いずれ朽ちて土に全て土になるけれど、いずれ溶けるはつまり今はまだ溶けていないということ、それはどれだけ尊いだろうなあ。
MOEHA*靴はよいものを買うのは本当は、靴なんていらないからだ靴なんてだって嫌いだから仕様がない
靴と黄色いレースばっか見てた。これは皺見てなかった。

ERIKO*そういう未来を私は望んで手を伸ばして届かなくて諦めるけれど錯覚をさせようとあなたがするからそれもやっぱりたぶんずるいと思う
かっちょいい墓に入りたいという願望はないけれど、かっちょいい墓にうっとりしてかなしくなるのはたぶん望ましい精神だと思われる。以下作品からの引用、墓にこんな言葉刻んで死ぬのはかっちょいいと思う、あたしはかっちょいい死に方なんて絶対したくないし死んだあとかっちょいいなんて絶対に言われたくないけれど、でもだって彼女は私じゃない。

FASSION MAKES THE WORLD GO ROUND
GLAMOR IS YOURS FOR THE TAKING BEAUTY
GUARANTEES A MOST ELEGANT IMMORTALITY



五月十日日曜日までやっています。東京都恵比寿駅から徒歩三分。誰がどこでなにを観ようと私の人生になんの関係もないしどうだっていいんですがだから私基本的に人に物を勧めたりあんまりしないのですがしかし今回、セクマイの人は取り敢えず観に行くといいとあたし思うよと私は勧めておきます。そんで希望を見出して泣いたり安易な許容に怒ったりいろんなことをするといいとあたし思うよ。あたしは羨ましくて泣く派。

 *

新宿クロチャに行ってクラロリエレゴスの品揃えの悪さに絶望する。でもわかってたことなんですよね、クロチャ新宿店は安っぽいパンクと安っぽい甘ロリを主に売ってるし、そんなこと、分かってたんですよね。クラロリ選びたいなら原宿店へゆけという話、エレゴスならもうブランド直営ショップに行けよって話!そしてジェーンとエクサントリークとアウアアとメイデンとイノワを見るためにマルイへ行ったらなんか普通のショップばかりが入っていてロリのロの字もゴスのゴの字も見当たらずあたし呆然、何事?なに、ついに新宿マルイは、世間には珍獣扱いされ外国人観光客に勝手に写真を撮られパンダのように物珍しがられるのにパンダのように愛されはせず、そんな迫害の只中にいる我らの憩いの地を奪うというのか!と思ったら移転していただけでした。西口から遠ざかって南口から近くなった。アウアアが閉鎖空間でなくなっており、なんだか、明るくて、それが少しがっかり、相変わらず女の人が包帯で首絞められたりはしてたけど。それにしても最近のアウアアは妙にガーリーなものも出してますね?ジェーンは今期そこまで惹かれずスルー。エクサントリークは欲しいのがちょっとあったのでしばらく考えて、三日考えて、まだ欲しかったら買おうかと思います。

で、私はコルセットスカートを探しに新宿をふらふらしていたのですけれど、で、エクサントリークと、ケラショップエンジェルにひっそりと置いてあるメイデンのでちょっと欲しいものがあったのですけれど、少し、考え中で、そして帰り際全然関係ないcrispで革靴を買ってしまう。チョコレート色の焦茶皮でヒールが高くて前も高くて丸っこくてステッチが入っている可愛らしい靴。うーんコルセットスカートを探していたのだけれどなあ、でも可愛いからいいかあ。私靴は非常にえり好みをしてばかりで、デザインどんぴしゃのものがまず見当たらないし、見つかっても、履き心地が悪い靴は絶対に、買わないのですけれど、これはどっちもぴしゃりだったので即買い。一万三千円なのであたしの靴基準からすると断然安かったし。(服はあたし基準二千円くらいしか出さないチープ服フェチですが靴はちゃんとしたのじゃないと買わない、足が痛くなるし、気に入った二足を履き潰すまでヘヴィロテする派!)

 *

十四時半に下北のkate coffeeで桜井さんと待ち合わせをしていて、私は初めてお会いする方との待ち合わせで待ち合わせしている方より後にゆくのがたいそう苦手なので先に行こうと思っていたのですが思わぬ靴の誘惑にめろめろめろんちゃん、結果十四時半ぎりぎり、当然桜井さんもう着いていらしてあうあうとなるけれど一応人間の形は整っていて崩れたりはしませんでしたよかった。kate coffeeはなにやら満席だったので近くのericafeへゆく。プレートがあったので頼んで食べて美味しかったけれど底なしなので私足りない。食べ終わった後も空腹。ビール飲んでも空腹。てゆうか昼間から初めてお会いする人の前でビール飲むな。
桜井さんは私の中で少年あしべのイメージで固められつつあったのですがご本人にお会いしたところ全然少年あしべではなくようやく少年あしべの呪いから解放されて私、よかったです。蠅とか蠅の分裂とかいちごが美味しくないとか花が気持ち悪いとか如何にきのこが裂けるかとか蛙の腹がどれだけ白いことであるかとかとにかく、どうでもいいことを私が一方的に、喋る。お酒のせいですよ。本当のあたしはもっとインテリジェンスです☆
本の話もすこしする。どうして私の話す人は全員安吾好きじゃないのか私には全然意味がわからない。みんな白痴じゃなくって、青鬼の褌を洗う女と桜の森の満開の下を読むべきだと思うの。で、堕落論じゃなくて不良少年とキリストをぴんで読めばいいと思うの。でもいいやあたしはただ安吾が好きなだけだし好きなのですものんのんのんちゃん。太宰は斜陽とヴィヨンの妻だと仰る桜井さん。斜陽は同意でヴィヨンの妻は私未読。とりあえず走れメロスを教科書に載せるのはどうかと思う、あと三角さんの話とか。詩は瞬発でそれが武器で弱点で、小説はミルフィーユみたく重なってて階層の喜びでそれが武器で弱点、とかいろいろ。

 *

桜井さんが十八時から気流舎で映画のイベントへ行かれると仰るのでちゃっかりと着いてゆく。映画の資料をみんなで見て主宰の方とゲストの方が喋るのを聞くというイベント。ロフトに登りまるで自分の家であるかのように寛ぐ。私はどこであろうと超遠慮なしに寛ぐことができるのでこれはもはや才能だとしか思えない。私は体操座りをしたりロフトから足をだしたり首の運動をしたりした。天才の域。私は煙なので高いところが好き。煙ですよ。

先に述べたとおり私は視覚情報が苦手で、ゆえに映画も得意ではないのですけれど、(ああ、でも、私、絵は好きだな。ということは「視覚情報が苦手」とは一概に言えず、ああ、これは、再考の余地あり。)なぜなら眠ってしまうからで、私最長二十分くらいまでしか見られないのですけれど、しかし、今回はもっともっと長かったのに人が喋っていて人が面白かったからきちんと眠らずに見られる。とゆうかおもしろくてわくわくする。これは私、買ったり借りたりしてみようかなあと思ったのだけメモ。

*田中登「牝猫たちの夜」(1972/日本語)
ロマンポルノとかゆうやつらしいのですが、エロいシーンは大概飛ばされたのでエロあたりもせず無事。エロいというか、なんだか肉体だなあ、人体だなあ、とか思う。完全に脱いでいるとなんだか裸って人体で別にエロくない、着てるからエロいのであるよと私思う。なぜか新宿、お外でいたしてしまうところはエロかったです、服着てたから。
エロいエロい言っていますが別にそれはどうでもよく、最後のシーンがほんとう、うつくしくてそれに私すっかり感動してしまったのでした。シャッター。ちょうど私そのとき、今もですが、シャッターのことを考えている時期だったので、(例えばシャッターの前に置かれた花が綺麗に見えるとすれば、その綺麗は花でなくシャッターに、付随しているのです、そういうことを考えていて、でも長くなるからまた今は書かないのがわたくし。)シャッターに感動して感動してシャッター。センチメンタルがそこに住んでいると思うのですけれどかなしくもこわくもないのだなあと思う。そして飛び降りた人がいきなり安っぽいビニール傘になって、私あのとき笑ったけれど、例えば一人で観ていたら私笑うのかしら。私は私の反応が想像し難くてとっても面白くなる。それにしても飛び降り自殺の死体にしてはずいぶんときれいな死体だよね。

*市川崑「私は二歳」(1962/日本語)
森永。子供が落ちてきてキャッチするさまはあたし笑うのよね。それにしても姑と嫁こわい。あたしあんなふうに扱われたら生きてゆけない。でも男も馬鹿だからどうだっていいんだい。あれもテンプレートだなとあたし少し思う。

*マルレン・フツィエフ「私は20歳」(1962/1965/ロシア語)
カタカタ動いて馬鹿っぽくて面白くロシアのイメージが少し変わる、明るい、やり取りが面白い、そして字幕が早すぎて私の英語力では一行読んだら次の字幕に変わってしまっているので意味はなんとなくわかるけれどたぶんいろいろ見過ごしている。

*ダグラス・サーク「天が許し給う全て」(20090507訂正)
※アンドレイ・タルコフスキー「サクリファイス」と書いてあったのですが、「違うぜ!」と指摘して頂いて赤面したので訂正。ごめんなさいほんとごめんなさい。
メロン・オレ・ミルククラウン!(いいえ、そうゆう話ではないのですけれど。家が燃えるシーンを見たかったです。)

面白かった。

 *

おなかがすいたので居酒屋で晩御飯を食べる。どこでもいいやと思って適当に入ったのだけれどお隣がうるさくって、も少しこ洒落たところに入ればよかったなあと思う。私は大きな声を出すと死んでしまう病気にかかっているので大きな声が出せず、ぼそぼそと話すので、物音が大きなところでは会話が困難。困難ですがお互いぼそぼそと話しながら会話が成立していたのでやっぱり、困難とは不可能という意味ではないよと当たり前のことを思う。でもあたしは馬鹿なので当たり前のことなんていつだって忘れてしまう、だからたまに再確認できるのはよいこと。

セカチューで叫ばれているのは果たして愛なのか、愛足りえるのか、足り得ないように見えるのであればそれはどうしてであろうか、とか話す。私はあれがとても愛には見えず、理樹じゃないけれど「それは愛じゃない」と言いたくなってしまう。例えば死について、自らが殺害したこと、そしてあらゆるものを被ること、その一切を引き受ける、そうであるのならばあたしそれを愛だと思うよ。でもあれは愛じゃないように見える。でもじゃあ愛ってなあに!とか話していると面白くなる。そもそも愛て声に出してみると意外に面白い響きでうぷぷ。あ・い!うぷうぷ。なかなかこんなこと口に出さないので斬新な響き。私の声が気持ち悪い。

誰かにとって切実な問題がどうして他の誰かにとっても同様に切実な問題でないのか。どうして世界が混ざらないのか。どうして私はヒットチャートのトップテンを見ていいと思えないのか。大衆化は果たして一般化とは違うのか。全てに共通するものはなに?相変わらず安吾の話で申し訳ないのだけれど、歯が痛い人の痛みは、今現在歯が痛い人にしかわからないのよ。いまだ、の人はいまだであるから、わからないし、かつて、の人はかつてであるから、今はわからないし、なにより、かつて、の人は、「治る可能性の存在を知ってしまっているから余計に残酷。」。全肯定が楽であるとか、安易な肯定なのか取捨選択の熟考の上での肯定なのか、それは周りからは観測できず、ただ肯定であるということしかわからないから、痛い人は痛いまま、ただ僻むことしかできず、安易な肯定に見えて仕様がなく、ミスチルも春樹ももうあたしたちを置いて遠いところに行っちゃったんだよ!でもそれはまったくの被害妄想!
「いつか治るよ」じゃあたしたち全然救われない。でもじゃあどうすればいい?痛い人が寄り集まってコミュニティを形成してもあたしたちなんにもならない。相変わらず「いまだ」と「かつて」を抱えて寄り集まって、「いまだ」から仲間を吸収し、「かつて」へ仲間を輩出し、そして永遠に分かり合えない。どうしたら伝わると思う?そのことをずっと考えてる。治る可能性の存在とは同時に死の可能性の存在であり、それがどれだけ希薄なものでもあたしたちは敏感に感じ取ってそれはとてもこわい。恐怖。「いつかなおるよ!」じゃ救われない、今痛い、いま、いたいんです。どうしたらそれが伝わりますか。そしてその痛みの伝達を希う心は果たして、それは暴力であろうか。

誰かにとって切実な問題がどうして他の誰かにとっても同様に切実な問題でないのか。そう思考し回答を探すことは果たして暴力でしょうか、押し付けなのでしょうか、私にはその区切りがまったくわからないです。あたしはラビットファーに反対するサイトがなんのクッションもおかず生きたままウサギの皮を剥ぐ動画を再生させるのであればそれは暴力だと思う、けれど運営者は正しいと思ってやってる、あたしそれで結局自殺のことを考えてしまう、ああいう暴力にならないのかなあ、自殺対策はああいう暴力にならないのかなあ、あたしはウサギが生きたまま皮を剥がれる映像を見てしまったせいでもうラビットファーは買えない、ラビットファーのふかふかのマフラーももう使えない、怖くて、だからこれは反対する人の意思に沿った結果が出ているのであって、彼、(もしくは彼女、)彼は勝者、しかしそれは暴力。果たして自殺対策はおんなしことにならない?ただ死なないだけじゃあなんにも、意味なんて、ないんだ!いま、ここで、この瞬間に、いたいんだよ!でもその共有を望むことは、暴力なのかしらねん。いずれにしても人の意思が怖い。ウサギの皮を剥ぐ動画を正しいと思って再生させる人の強烈な正義の意思が怖い。「愛される要素」という言葉が怖い。いつだって私はすべてが怖い。

というようなことを話していたのですが、(いや途中から会話の記録でなくただのあたしの思考になっていますけれども、)普段こういうことはあんまり話せないので、(あたりまえです頭のおかしい人だと思われるも~んあたし一応適合してんのよぷんぷん。)すごく楽しかったし桜井さんは桜井さんだったのでとても楽しかった。私は桜井さんのファンなのでだいぶ緊張をしたのですがお酒って素晴らしいよね、べらべら好き勝手なことをいつの間にか喋っていたようだよ。まったくまったく。とても楽しかったですありがとうございました。また遊んでやって下さい。

 *

家に帰ってから頂いたCDを聴く。(そうそうこれが主目的だったのでしたよみがえる自作朗読の世界。)夜に一人で聴くと超怖いことが、私は超能力者なので、一瞬でわかり、パーソナルコンピューターを閉じて寝た。朝起きて聴いたら気分が悪くなった。いったいいつ聴けばいいんだろう呆然。

同じ夢ばかり見る僕は

20090426111015
生まれ変わったらブライスになりたい、ブライスになって、可愛い女の子に、解体されて、眼球を外され、骨を削られ、髪を剥がれそうして、眼球を戻され、やすりで磨かれ、植毛され、元通りになりたい、そうして何度もそれを繰り返され、いつか捨てられ、ゴミ処理場であらゆるものとおんなしに、ぼうぼうと燃やされたい。嘘だけれど。

 *

入ったばっかしで毎日講習講習講習ばかりの日々、その中から抜き出された変わり映えのない特徴のないとある日、の昼下がり、同期の男に、「××は男に全然興味ないくせにどうして、毎日そんなにちゃんと化粧してんの?」と尋ねられて私あいつを激情に任せて殺してやりたかったこと、をふと、思い出す青い空、の昼下がり。

ねむたい。どうやら私は緊張をしているよう、ねむたい。そ~ら~をじゆうに~と~びた~いな~!はい!じゆうをていぎせよ!

 *

久し振り、何年かぶり、青鬼の褌を洗う女を読み返し、呆然とする。確かに私、好きだ、中学生の頃からずっと、好きだ、好きだけれど、だってここまで影響されているとは思わなかったから。私は読んだ本の内容を三日で忘れるから、もうわけがわからず、ただ血肉になっているのだなあと述懐。あああたし本当に安吾好きなんだな。好きなのであるなあ。私はかつての私の恣意であり、やはりキメラ、しかしてそれも全然悪くはないのだなあと思い、品川で乗り換える。

誰と融解するのも厭~・だ!

自殺対策のために三年間で百億円が使用される見込みらしいよ。そのための募金もやるらしいよ。政治に全然興味なくってその上募金も平気で素通りするあたくしだけれどこの募金ならあたくし札入れるわ。と、感情的に一時、思ったけれど、しかし方法は都道府県に任せるらしくどうゆう風に使われるのか全然わかんなくて思いとどまる。これで結局小学校とかでくだんない講習するだけだったらあたしマジキレるわ。あたしはあたしの短気と考えなしを知っていてだからそして思いとどまる。くだんない講習じゃなくって、有意義な講習なら別にいんだけどでもその判断は主観で、主観じゃない数字で判断しようとするのならばそんなの十年二十年たたなくてはわからず、うずうず。市の便りや県の便りは一応毎回目を通すけれど、そゆ情報は全然入らないよ。花祭りとかリサイクルマーケットの情報は入るけれど。自殺大国。それにしても基本、自殺対策て「自殺対策」として独立した存在なのではなく、ありとあらゆる物事と密接に関係しているし、(そんなこと言ったら、この世のありとあらゆる物事が、そうなのだけれど、)様々なことを包括的に進めてゆかなければならず、しかしそうしたらその百億円はあらゆる分野の物事に分散的に使用されて結局都道府県の自由に使用できる予算がただ増えただけ、そしてなにも変わらず、というようなことになりそうであるよ、と危惧。

多分抑止力としては、幼い頃から、自殺に対する罪悪感を植え付けるてのが一番手っ取り早いのであるよと思うけれど、でもそれは呼吸のできないなのにどうしてか死んでいない人が増えるだけ、なので、あるよ。減るかな死ぬ人、減るかな無責任にただ生を強いられるだけの人、百億円の行政、最終的には個人の内部に帰するとしても、だよ!

 *

20090425173205

ばか。

20090425173418

疑問は一行で片付けらればいばい。

 *

あたし人間をこよなく愛しているから人工物を憎み自然を賛美する人がわからない。
あたしたちはいつか自分たちの足跡に殺されて死に、あらゆるものを病ませ、道連れにするかもしれない、でもあたしそれを悲しめないから、わからない。きれいなのに人の手が作る自己増殖ののろい。きれいならきれいでよいのに。それは嘘だけれど。エコ、エコ、エコ。じゃあしね。それも嘘だけれど。
「あたしたちが長く、今ある可能性よりはるか長く、あらゆるものを病ませ続けますように。あらゆるものを病ませながらあたしたちが呼吸を続け出来る限り長く多くを苦しめ喜び、愛し、長らえますように。」ならばあたしわかる。でも、地球のため、環境のため、は、わからない。本当にそう信じている人の前ではあたし、呼吸しづらい。正しいはつらいって大きな声で、言いたいなあ。真実地球愛の人は、気持ち悪くて、きらい。なんでそんなつるつるしてんの?わけわかんない。正しい人なんてきらい。あたしがエアコンを使わないのは、お金のためと、あたしの健やかな生のためなんだ。

 *

なりたい人がいない。

 *

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病気のかみさまとか、顔の油。今日は泊まりで仕事。雨。風。酸性雨の静かに降る町、みんな一様に溶けて、溶けるから、目がなく、鼻がなく、口がなく、同じ顔。輪郭だけが違って、でもそれもいつか溶ける。と、少し思う。私はウツボカズラにはなりたくないなあ。包丁で刺したいと思った。携帯で日記を書けば、面倒くさく、言葉足らず。刺したい。私は繁殖したくない。

柑橘という文字が好き

私の顔が気持ち悪い。

 ***

淘汰される必要はないのですけれど、適合する必要は御座います。

 ***

昨日もやっぱり残業で、行きたかったイベントにゆけず、(しかし東京駅なんて!遠いもの!十九時!定時に帰れたとしても間に合うかどうかも!)とっぷり日も暮れて、あーあなどと思いながら自転車を転がしてゆきますは音色、もーあたしあそこのコーヒーとパンないと生きていけない体になっちゃったよ!引っ越してきてまだ一ヶ月なのに!だっておいしいんだもの~。大好きな喫茶店にはいなくなって欲しくないので、お客さま、千客万来、望みますが、私の好みが客のいない喫茶店であるがゆえ、ジレンマ、陥りますが、近頃音色のお客さまのサイクルが分かるようになってきたので、できるだけお客さまのいない時間帯を狙ってコーヒーを飲みに行っています。とにかく開店直後は混む、混む!ランチは十五時までなので、終了間際を狙ってゆくとよろしい。ランチを狙えない日は閉店前、十八時以降を狙ってゆくとよろしい。昨日は閉店一時間前滑り込みセーフだったのであんまし手のかかるもの頼むのも悪いし、と、チーズトーストとコーヒーとタルト頼んでだらっとして本を読んで、ああコーヒーの香りが染み渡るよう。チーズトーストがおいしくておいしくてチーズ好きにはたまらぬトースト、おいしくて、蜂蜜一緒に出てくるのも嬉しい!チーズには蜂蜜だよね!ゴルゴンゾーラがおいしい、おいしいよう。コーヒーが本当においしい。おいしい。大好き。タルトもおいしかったです。チョコレートタルトで、タルト生地とフィリングの間に甘夏のジャムがぺっとり塗られていて、うう、おいしい。しあわせ。

しかし悔しかったのがひとつ、私、ずっと、音色のパンデミを買ってやろうと思って虎視眈々と狙っており、昨日はそこに存在しており、「あ!やった!パンデミ売ってる!今日買って帰るよ!」と思ったら、私がうっかりチーズトーストを頼んでしまったのでそのパンデミはチーズトーストに使用され売り場からなくなってしまったのでした。ばか、ばか、私のばか。でもいい、代わりに買って帰ったドライトマトパンとてもおいしかった。うう、でも悔しい、いつかパンデミを連れて帰る。
そんな私の単価はおよそ一回千五百円です。毎度有難う御座います。顔を覚えられているようだけれど、千五百円て覚えられていたら厭だな。そんなことないか。そんなことあってもあたしにはあんまし関係ないか。いずれにしてもあのお店のご飯とコーヒーと甘味はおいしい。店主も物静かでよい人。

…きょっ、今日はっ、寄らないよっ!まっすぐ家に帰る!たぶん!
どうしてあんな魔の吸引力を持ったお店が通勤ルートにあるのか、あたし困る。困って嬉しい。しかしお財布は困っている。胃袋はうっとりしている。ツバメが職場に巣を作っている。室内を飛び回るツバメに訪れた方もびっくりなさって、笑って、「なに、おまえの今晩のごはん?」と問われ、笑顔で、「はい、そうです!」と答える夕暮れ。さすがにあたしもツバメは食べない。

山のくらげはニセモノくらげ

そういえば私昨日職場から一番近い郵便局へちゃりんここいで出かけてちゃりんこを郵便局の脇に止めてちゃりんこから降りて自動ドアをくぐりぬけ郵便局の窓口へ仁王立ちし鞄から颯爽と取り出しますはA4の用紙、そして、片岡のご実家に職場一同の名前で弔電を出すわたくしをやったのでした。片岡の弟さんの弔電は千百六十円でした。千百六十円が飛んでいって壁に貼られてお線香で燃え燃え。十八歳の肉体が燃え燃え。立ち上りますは煙。人体が燃えて立ち上りますは煙。片岡は明日、帰ってくる。二親等の葬式で出る休暇は三日だもの、だもの。

 ***

ライチ・オレて面妖なる飲み物が売っていたから明らかに妖しいし買おうと思っていたのだけれど気がついたら売り切れていてみんな飲みたかったんだなと思う。そして再入荷を待っていたけれど全然来ないで違う商品が入ったから評判は悪かったのだなと思う。でも飲めなくて悔しい。あたしだってライチ・オレ飲んで「まずい!なにこれ!もう二度といれるなよこんなへんなの!」て言いたかった。代わりに買ったメロン・オレは想像通りメロンアイスの味がして、まずい。

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メモ
http://www.ongoing.jp/gallery/tomii.html0516土
04280512火本牧リベンジ
0522金チッタ
0513水リキッドたすけてやふおく
0605金ベイシス
あした!!ネジ!!チケット!!とれるか!!ありむらー!

ひらがなかあいいかあいいひらがな

同僚の顔が気持ち悪い。

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昨日帰宅する際バスの運行が先週で変更になったことを知らず雨の中二十分立ち尽くすのは厭だから旧時刻表に則って更衣室で時間を潰しバス停まで行ったら三分前に出て行ったばかりで次に来るのは三十分後、仕方がないから、二十分歩いて駅まで行ったら私の目の前で電車のドアが閉まり非情、苛苛、苛苛、もちろん、結局、うなづく伝書鳩は、見られなかったの、です、そして今朝朝ごはんのトマトスパゲティ、たけのこの入ったトマトスパゲティ、にんにくとパプリカとほうれん草とスウィートバジルの入った金色のオリーブオイルのとっても綺麗な美味しい美味しいトマトスパゲティ、入った、可愛い、つるんとしたフォルムの白いお気に入りのパスタ皿、を、さあ食べるぞと思ってデスクに運ぶ(そう!デスク!来たの!白くて横長でカクカクそっけなくて!かあいい!)ところであたしつるっと手を滑らせがちゃああん割りました。二秒くらい静止しましたけれどその後きちんと正気に返ってなにしろ時間のない朝の出来事ですから手早く割れた可愛い可愛いパスタ皿を広告に包みほかほか温かな湯気をのぼらせる美味しそうな赤、真っ赤、真っ赤なトマトソースがしかもそのときあたし冷蔵庫の後ろにいたからこれもまた白い冷蔵庫にべったり、これもまた白い壁にべっとり、白い床にもべっとり、な真っ赤真っ赤真っ赤なトマトソースとそれにぺとろぺとろと絡まった一、四ミリフェデリーニいい感じに茹で上がったフェデリーニ黄金と真紅に絡まってとろとろとっても可憐なフェデリーニ熱くて熱くてあちあち美味しそうなそれを、可燃ごみのゴミ袋に、あたし入れました。のであたし今朝から機嫌悪いんです。悪いんです。そんなことも制御できないのですから、お子様なのです。接客なんて絶対できないよ。接客業の人はなんなの?神様なの?トマトスパゲティなの?フェデリーニなの?物言わぬ青とか黒とか白が相手であたし良かった。

ちがうんです、優しくしたいんです、したいんですけど、あたしの未熟が、それを許さないんです、あたしの内部は、こんなにね、優しいのにね、あたしのあたしは、あなたにね、こんなに優しいのにね、でもね、私はね、あたしに優しくするので精一杯でね、あたしとか僕とかが不満を言うからね、優しくするのに精一杯でね、あなたにね、優しくしたいのにね、私の優しさは常に内面でうっとり広がりとろとろ溶けているものですから、外に、出られず、だからちがうんです、あなたに、優しくしたい、のですけれど、ねええみさん、あなた、いい加減、付き合いも、長いから、許してくれるよね、許してくれるよね、許してくれるよね、なんであなたこんなのと十何年も付き合えるのですか?ありがとう。ごめん。本当にいつもごめん。

 ***

死ね、死ね、あたし死ね、つまり生きろふぁいと。

愉快でいたい、うふうふ

誰かにとって切実な問題が他の誰かにとって切実な問題であれと私は少し思ったけれど、いいえ、嘘です、ざっぱりと言うと、私にとって切実な問題が全世界のありとあらゆる他者にとって切実な問題であれと願ったけれど、私の切実を他者に押し付けるのはたぶん間違っている。そこには全然悪意がないしむしろ人を笑わせようとするぽかぽかなぬくもりだし私だって私の切実がそこになければそれはたぶん面白いのよ。でも私の切実がそこに座しているから私は笑えず、愉快になりたいなあ、なれないなあ、どうしてだろう、苛苛してばかり、泣きたいようなこころもち、でもつらいのは私でなく、どうしたらいいんだろう。私だって私の切実がそこになければそれはたぶん面白いのよ。それでもあの人がそのせいで毎日毎日白い薬を飲んで飲んで飲んでいてだから私は。

 ***

そして私は全然違う白い薬をごくりんと嚥下するのですよね、朝はナロンエースだったのですけれど、昼は、ノーシンピュアでしたのでした。職場に置いてあるものはノーシンで、家に置いてあるものはナロンエースとバファリンだというだけの話です。どうして同種類の錠剤を購入しないのかとゆうと、単純に、ドラックストアで安く売っていたものをぺろぺろ買っていたら三種類揃ったというだけで、私が、薬の効き難い体質で、飲み比べているうちに増えたとか、そゆ話ではないです。

女の詩人は誰も彼もすぐに生理について話したがるとか言う糞雄野郎は死ねばよい、おまえにわかりますか、下着を下ろした瞬間に、べっとりと、赤黒いものが、どろりと這い出して張り付いて離れない、軽薄な照明に照らされてあの饐えたにおい、不快、不快極まりない、あの憎しみがわかりますか、おとこのおまえに、おとこごときに、わかりますか、わからないでしょう、わからないよね、どうでもいいんです、わかっていただこうとはおもっていないんです、ただ言葉にされるだけ、全ての言葉は、伝えられるために存在するだなんてあなた、思っているわけじゃ、ないでしょう?
あたしの女性性を裏切りたいな、ヒステレクトミイ、殺したいな、ヒステレクトミイ、ヒステリーは子宮に付随するものじゃないて知らしめたいな、ヒステレクトミイ、子宮不在で、ヒステレクトミイ、あたしがヒスを起こせば、ヒステレクトミイ、ヒステリーは子宮に付随するものじゃないって、ヒステレクトミイ、あなたちゃんとわかるでしょう?

ちなみに女の詩人云々とゆうのは以前現フォの散文で読んだのですが、時期も筆者も忘れたのでわかりません、書いた人もし目にしてしまったらごめん。

 ***

ずっとカメハメハ一世のことを考えていて、朝から、あの陽気な歌が頭から離れなくて、それは今日明日と私の身柄を拘束し続けるザ・残業が雨風が強ければお休みになるからで、雨風強くなればいいのになあと私はずっと祈っているのです。雨風が強くなれば私は横浜までゆけるのになあ、どうして中途半端に晴れているのでしょう、もっと風、吹きなさい、吹いて、あらゆる海を、荒らして、あらゆる土を、起こして、あらゆる硝子を、割りなさい。最後のはちょっと困るね。
でも本当、風、吹いて欲しい。まだちょっと足りない。もう少し強く吹いてくれれば、私は、今日、演劇に属している部分の三角さん以外の三角さんを観に行けるのに。あと、美味しいご飯が食べられるお店らしいですからそれだってあたし楽しみなのに、ことあたしの楽しみを潰すことに関してだけは、このお仕事はとっても有効なのですわ。許せない。おなかが。もっとしゃかりきってくれなくちゃだわよノーシンピュア。足りない、足りないって、足りないのですって、足りないから、ええ、ずっと、足りない、足りないのですって、でも、たくさんは、飲みたくないのですって。白い錠剤。

 ***

音色はレストランじゃない!カフェだ!もしくは喫茶店!あたしは断固として主張するぞ!レストランじゃない!ぽんぽん!ぽんぽんってなんだ!擬態語だ!なんの!なにかの!擬音語である可能性は!今回は!考慮!しない!!!

ワンピースとワンピースとニットワンピース

テンプレート変えすぎ。でも長ったらしいエントリを書く私のブログであるから、先のテンプレートは文字が小さく、幅が狭く、読みにくかったのだもの。そしてテンプレートを変えるの楽しい。

声の大きな方はみんな死んでしまえばよろしいのよ。その上ためいきを頻繁につくだなんて許しがたいわ。しかもメタボなんて!ありえないわ!

めばちこ。

携帯小説てなにかなとしばらく考えていたのだけれど、つまり、あたしが思ったのは、ヒーローがいて、ヒロインがいて、ジェットコースターみたいに起伏が激しく、しかし、コースの決まっている、そんなアトラクションなのかしらと思う。そうでない携帯小説をあたし知らない、けれど、あたしこれまでの人生において携帯小説を五本しか読んだことないからそりゃーXXじゃないのうっふふ。

めばちこ。

枝わかれの青い庭で@横浜美術館レクチャーホール

20090419sun
枝分かれの青い庭で
ミズノオト・シアターカンパニーPLUS
open 14:30 / start 15:00
\3,500(当日)

作・演出:平松れい子
出演:下総源太郎、好宮温太郎(タテヨコ企画)、桑原滝弥、加治慶三、三角みづ紀、綾屋紗月 ほか

会場:横浜美術館 レクチャーホール
   ・JR/横浜市営地下鉄線桜木町駅下車
    【動く歩道】利用、徒歩10分
   ・みなとみらい線みなとみらい駅
    「美術館口」徒歩3分
日時:2009年4月17日(金)19:00開演
        4月18日(土)18:00開演
        4月19日(日)15:00開演
        開場は開演時間の30分前
料金:前売/3000円
   当日/3500円(全席自由)

主催:ミズノオト・シアターカンパニーPLUS
共催:エイブル・アート・ジャパン 横浜美術館
協賛:明治安田生命保険相互会社
協力:にしすがも創造舎

明治安田生命社会貢献プログラム「エイブルアート・オンステージ」参加事業

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孤独の連帯

あたしあなた好き。わかんなくて好き。知りたくて好き。興味があって好き。女の子だから好き。正しくて好き。
言えない言葉が多すぎる、書けない言葉が多すぎる、コメントしたくてできないブログがあり、コメントしようと思って七回消したブログがあり、あたし、伝えるべき言葉をなにひとつとして持たない根源的に貧しいあたしを哀れみ蔑める正しい人に、憧れる。
あたしあなたすき、でもあたしただしいことばいつもいえず、しゃかいてきあたしがしゃかいてきことばをはけるの、たぶんげつようび。あたしどうしてことばをかえすことすら、まともにできない。

 ***

ふーさんとこのファッションショーを見る。すごい。圧巻。あたし泣きそうになるのを我慢する。彼女はすごい、素敵、格好良く、だからあたしは彼女とあたしのあまりの差に愕然とあたしショックを受け落ち込みあたし彼女に到底釣り合わないあたしをさげすむ。ふーさん、ね、すご、よかったよ。あなたの幸せをあたしいつだって祈る。
そんで菱川くんに会って「たくさんのあたし」「並列化された思考」「思考と行動の相互作用」「ジンテーゼの不在」とかはなす。こんなこと不思議なくきちんとはなせるの菱川くんくらい、いつもあんがと、資格試験頑張れ、君が幸せに成功しない世界なんて間違っているぜ。
そしてのいさんに会う。格好良すぎてどぎまぎ死にそう。未映子さん参加の朗読会で凹む。のいさんと一緒にイタリアン食べる。格好良くて、凛、素敵で、足がすらり、 語られる言葉が丁寧で、思慮深く、素敵。またお話したい私の希望。迷子になってごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 ***

魔都市新宿。どこになにがあるのか、どこにでも何でも在りすぎて、わかんない。

えろえろぽっぽー


えろぽっぽー

四月十七日だったのでふみさんとトキコさんがうちに来てた。四月十七日的な目的はあったのだけれど結局四月十七日は忘れ去られて四月十七日なのにただのお泊まり会だった。

今回のポイント

*うすらかわいい
*鼻の粘膜を強くする踊り
*いちご、すずみ、ひとみ、かしこ

 ***

20090418142920


滅多に乗らないJR。使うのは新宿ゆくときくらい。

瞼と瞼のマリアージュ

腰と肩と首が非常に痛く、しかしそんなことはどうだってよく、いつもどおり、眠たいです。左足の踵がおとといから、きりきりと痛いのだけれど、まったく原因不明、一体全体どうしたとゆうのでしょう。今週のヨリモの未映子さんの発光地帯がとてもかなしく素敵だったので少し満足をする金曜日。更新は月曜日なのに月曜日に読めない私の性質、と言い訳をする私の体質。一般会員はバックナンバーが読めないことが不満。たぶんいつか本になるのでしょう。

私が私のことを書くとき私が私に規定されるよう、誰かが私のことを書くとき誰かの私が誰かに規定され、でも誰かの私は、私の私とは全然、関係がないし、だから私はいつも、ディスコミュニケーションと言う。しかしそれは希望の表現でもあるし全然、かなしいことではない。「私を規定するのは私だけでいいし、誰も私を評価するな」と私は言うけれど、それは私を評価し規定する人格に対する否定でもその行為に対する否定でもなく、ただ、私の発言であるというだけで、それ以上でもそれ以下でもない。例えば言葉を喋るとき、その言葉に期待される効果をどの程度信仰しているか、そのことによって、その言葉の本人に与える影響力が決定される。無意識という意識が存在している以上私たちはちっとも自由ではないから、(自由であるともいえるけれどそんな話は今どうだってよく、)自身の思わぬ発言に身を引き摺られることもあるけれど、(具体的な話はしてない、抽象的な話。うっかり言った一言でいらない仕事を負ってしまったとか、そんなどうでもいい話はしてなく、そんなことばっかり言うやつが、あたしキライ、で、「あたしキライ」という文字だって私ではないけれど私を規定し、他者の私を決定するのであれば、それが私であるから、)けれどむしろ意識的に規定し続ける。それでも無意識は規定をやめないからいつだって、私たちは勝利者になることができない。でも、「私たちは勝利者になることができない。」という言葉は、たぶん、絶対、おそらく、確実に、全然意味がない。つまり書くことはその程度のものなのだと思う私の私。そして私の私が期待する効果は私の私が私の私に期待するのであるからにして私の私のベクトルにしか作用しないのが道理、まったく、他者には有効でなく、つまり、言葉は意図した方向に働かず、だから、話は回帰する、ディスコミュニケーションがいつだって私たちに優しくしている。世界はわりあい優しいので、絶望は本当はとてもむつかしい。あたしはなまぬるくてビバノンノン。ディスコミュニケーションはつまり希望の表現で断絶があたしたちの境界で、それはとても大切。愛に理解はたぶん必要ない。で、ディスコミュニケーションとゆう言葉に付随する負のイメージをどうしても捨て得ないのであれば、ディスコミュニケーションとゆう言葉を、思いやりとか、優しさとか、空気読むとか、そうゆう言葉に置き換えたって別に構わないし、それらは全部ディスコミュニケーション、つまり言葉はその程度のもの。そしてあたしの命。

部屋の整理をしたらいらない本がまだ幾つかあって困る。早く手放さなければ欲しい本を買えない。家が欲しい、小さな家、でも、図書室をひとつ所有した、小さな家が、私は欲しい。そういえば先日「おひとりさまの老後」とゆう本をあたしは買ったのですが、「おひとりさまの老後」とゆうタイトルから想像できる内容ってあたしが思うに、非婚女性の老後についての話だと、思うのですけれど、だから「あーそろそろあたし真剣に考えなくっちゃ!」と思って購入したのですけれど、ああ、もう、がっかり、離婚した女性、夫と死別した女性、がメインの対象の話で、あんまし参考にならず、うんざり。子供に面倒を見てもらう云々とかほんとどーでもよくってうんざり。うるせー!なんだおまえ、あたしの子宮を取り出してむしゃむしゃ食べてみるか!おたんこなす!おまえブックオフ行き決定!てゆうかそうゆうことはちゃんと自分できちんと調べなさいとゆう話なのだなと思いました。自分で調べます。
ああ、唯一、「介護される勇気」とゆう概念は面白く読んだけれど、(でもそれ他の本の引用だったけれど、)確かに実際、介護されるにはおそらく、勇気がいって、で、あたしには、その勇気が、ないから、あたしは要介護のスタンプをぺっと押されたらいたくない感じにグッドバイできるようそうゆう勉強もしないとなと思う。なんか画期的なくすりとかできればいいのに。あとはあたしが要介護になった瞬間にあたしの頭上ぴったしに水爆が降ってくるとか。いたっくなーい!あはうふ、冗談ですよ。

 ***

ええとこんなところでお名前を出してしまって構わないのかどうか全然わかんないので伏せるけれど、Nさまの「世間一般の常識なんてものは常識以外のものがあるから成り立つのであって常識以外のものが常識から軽蔑されるというのは果たして真っ当なのでしょうか」という言葉に眼球からものすごい勢いで鱗が落ちまくる。きらきらうろこきらきら。Nさまご不快でしたらごめんなさい。

シロップ五百グラム

新生姜が出ていたので、買ってきてジンジャーシロップを作る。生姜を皮ごと輪切りにして砂糖をどばー入れてレモングラスとクローブと鷹の爪を入れてことこと煮る。カナダドライみたく甘ったるいのじゃなくって、ウィルキンソンみたく辛いのです。瓶詰めして今放置プレイしているところ。今日はペリエを買って帰って、初物ジンジャーエールで晩御飯にしよっかしらんと思う。余った生姜の輪切りどうしようかなん。ジンジャーケーキでも焼こうかなん。カレーに入れてもおいしそう。豚の角煮に入れてもおいしいのだけれど、最近豚とか食べると胃もたれするからだめ。なにかしら年かしらやーねえうっふん。うっふん?

昨夜バターを溶かして作るという画期的なスコーンレシピに遭遇したので、今朝、出勤前に試してみる。簡単だし早くできるけれど(オーブンに入れるまで十五分!慣れればたぶんもっと早くできる)やっぱり焼きあがりはノーマルなスコーンレシピよりぬん?とゆう感じ、やはりスコーンはバターキンキンのまんま作ったほうがあたし的には好み。でもこれはこれで美味しい。柔らかいスコーンが好きな人はこっちのがよいのかもしれないぬん。あてくちは硬いのが好きなのら。

私の前の机は空席なのだけれど、たまに書類整理をするためにピッグさんがやってくる。視界に入るだけで不快なのでぜひまりこ嬢にデストロイされて欲しい。いちいち作業が遅いわ不快。あなたがされるよりあたくしがやります方が早いのよ不快。全体の業務に支障が出るのです不快。今やってる仕事と同時進行であたくしが片付けたほうが早いのではないでしょうか不快。てゆうかほんとなんでそれくらい自分で判断できないのかしら~あったしもう~わかんない~♪あなたの四十年が~わからない~♪他者の人生なんてわかるわけがないけれど~♪もうお仕事なさらなくてよろしいので、ずっとお煙草お煙草で喫煙所バカンスを楽しんで下さいませ、そしてくさいからもう二度と戻って来ないでね、くさいから、一日に五回、風呂に入れよ、ね、いちいち溜息つかないで下さいですわ、うざったいのですわ、邪魔なのですわ、不快なのですわ、ああ!あたし刺したい!あたしはあたしの未来のために!あたしはあたしの過去のために!あたしはあたしのために!刺さない!けれどね!だからあたしはてめえの娘に小指の先ほどの興味もないって言っているじゃないの、書類整理に会話が必要ですか、滅びますか~♪

 ***

ぺこりんという擬態語はとても可愛い。

おなかすいたけどおなかと背中はくっつかない、しかしおなかと背中は果たして、どこから名称が変わるのであろうか、まあ背骨なのだろうけれど!てゆうかなにこの疑問、ばかなの?

上司がチョコをくれたので、取り敢えず、餓死の危機は回避する。食べるものなんてないからひたすらお茶を飲むことにする。体にも良さそうだ。ヘルシーはヘルシーなのにな。

 ***

学生証が届いて、やっと、「あー入学したんだー」とゆう実感がわく。合格してもちっとも嬉しくなく、むしろ鬱鬱と落ち込んでいたのだけれど、(あんなんで受かるとゆうことは、やっぱり卒業はめぽめぽに厳しいのでは!あたしが受かったのはあたしの能力や可能性に拠ってではなく、単純に職場の効力では!てゆうかあたしなにやってんだろ!あたしが学ぶ権利を獲得してよいのか!むしろあたし入学なんかしたところで結局、なんにも、できやしないのではないか!否!疑問ではない!確信!あたしが知性と呼ばれる論理的思考力を獲得できるわけがない!意味なんてないんだ!あたしはまた人を騙して不当な利益を得ようとしているぞ!さっさと辞退したほうがいいんじゃないか!このばかめ!)ようやっと嬉しくなってくる。どうでもいいじゃん、入ったもん勝ち~。どうも近頃、感情に時差があっていけない。地学と物理と生物と化学の中からふたつ選べとゆう葉書が来ているので、選ばなくてはならない。地学以外は実験二単位も必要なので、地学+他三つのうちどれか、という選択が安全であり現実的であると思うのだけれど、あたし生物と物理が取りたい。化学は論外、地学は嫌いじゃないけれど、物理と生物のほうが好きだ。どうしよう。でも、実験ておそらく(まだ詳細の説明はきていないけれど)スクーリングだし、現実問題、実験を必要とするものをふたつ選択したら厳しいのかしらん、夏はあたし、八月はちょう暇だけど七月はちょう忙しいし。うーん。でもあたしは生物と物理がいいな。物理はちょう面白いし生物はいろいろと思うところがあるし。

 ***

おなかすいた。お茶をたぷとんたぷとん飲んでる。今日は買い物がたくさんあるから夕食に辿り着く時刻は普段より遅いことが予測されます、うーん大丈夫かしら、途中で買い食いをしないようにやはりお茶をたぷとんたぷとんより飲もう。やっぱり朝作ったチャーハンの半量でなく、全量を持ってくるべきだったのだよガールズ。あたしはあたしの胃袋の燃費の悪さを、今朝だけ、失念していたらしい。ばかだな~。

踵に桐をね、刺すよ

歓迎会の日程が21日になりそうであたしにこにこ。日程を決める際の都合の良い日調べで、私21日×つけておいたから出なくて済む。訊かれたら、親が来るんです☆きゅぷるん☆ゆおうと思うの、本当は、その日は、横浜本牧ゴールデンカップにうなづく伝書鳩なるユニットを観に行くだけなのだけれどね~。

 *

すごく眠い。今朝出てくるとき、お昼ごはんのチャーハンを作ることに夢中で、今日食べる分の玄米を水につけてくるのを忘れたから、帰っても玄米を食べられない。だからかなしいし、かなしく、今日はお外でご飯食べます。お金ないんだけどなあ~。音色のご飯がおいしいのがいけない。コーヒーも甘味もおいしいのだから、それがいけない。パンもちょうおいしいし。なにあのおいしいお店。引っ越してから週ニ、三ペースで通ってしまっていて、困った、でも、おいしい。てゆうか、おいしいのが、悪く、とっても、良い。でもお金ないからやっぱり今日はちゃんと自炊しよう。玄米食べなけりゃいいんじゃん。パスタパスタ。

 *

厭な気分になると煙草を吸いたくなるのは、私が、煙草を嫌いだからで、厭な気分のときに煙草を吸うと、厭な気分→(煙草を吸ったから)厭な気分、に置換することができるから、吸いたくなるのであるようであるな、と思う。でも私最近あんまし厭な気分にならないから煙草全然吸っていないし、吸いたくもなく、そろそろ湿気るわレディローズ。落ち込むときは吸いたくないし、悲しいときも吸いたくないし、ただ、ささくれだって、怒っているときだけ、私は、煙草が吸いたい。衰退と変換したIMEよ、馬鹿。エートック先生を入れてやりたいけど勝手に弄ったら怒られちゃうし、あ~あ。てゆうかおうちにまだネット引いてないから早く準備しなけりゃなのだけれどあたしはいつまでゆっくりしてるのかしら!

 *

今日は母の誕生日なので、電車の中で、(昨日は雨だったから電車でおうちに帰ったのら、だから愛チャリがいなくて、電車で出勤だったのら、語尾に意味はないよ。)「おめれと」という件名で本文なしのメールを送ったら「有難う(^-^)」という本文の件名なしメールが返ってきた。おやこ。でも、顔文字を効果的に使用することができるのであるから、母の方が社会的に優れているようであるよ。私顔文字や絵文字を効果的に使用する技術がない。皆様あれはいったいどうやって学ばれていらっしゃるのですか。ふしぎ。

へにゅへにゅのお葬式

棺は空。みんな知っているのに、優しさから口を噤んだ。愛情が謎を産み落とした。誰もが知っていて、だから、誰も知らない。棺が空。空っぽの棺と、お葬式という言葉を組み合わせれば、条件反射のようにKの葬列を思い浮かべる。でもそれはへにゅへにゅと全然、関係ないじゃない。

 *

明朝体に飽きた。愛の周期を待ってる。

 *

思い出した。スクールアタックシンドロームだ。人は殺してなかったけれど猫は殺した。許すって愛って家族ってなんだろねとあたし思う、おんなし題材を扱って伊坂幸太郎は重力ピエロを書いた、けれど、全然、違うよね不思議。許すって愛って家族ってなんだろねとあたし思う。舞城が執拗に作中で血や血や血を書くたんびにあたしは、ああこの人はどうしてこんなににんげんを愛していると思うのは、どういった理由に由来するのかしら、考えるけれど、理由に由来ってゆう表現がまずおかしいから、考える気力が、萎えてしまう。野田みたく「あなた一人と他全人類どちらか一つ救うとしたらどっちだろかな?迷わずYOU!!!!」て言えたら多分それは許すってことで愛ってことだと思うけれど、正しいか正しくないかという観点を定めようとするのならば、まず、その判断基準が倫理に拠るのか、社会に拠るのか、個人的な好悪に拠るのか、宗教に拠るのか、いろいろあって、(もしかしたら全ては宗教の可能性が否定はとても、できないけれど、)それに、彼は許すってこと愛ってことを寸分違わず暴力的なまでに実行していると思うけれど、つまり彼は許すってこと愛ってことの権化となっているけれど、それによって齎されるものが許すってこと愛ってことであるとは限らないし、それに、あたしは、たとえば野田の苛烈さは家族に適用されるのかどうかをずっと考えている。そもそも家族は愛を単位として生まれた筈で、なんだろうな、よくわかんない。少なくとも私はこれから先一親等ニ親等の人間は増えないから、増え得ないから、父や母や兄のことをずっと考えている。

許すって愛って家族ってなんだろねとあたし思う、それは必ずしも正義と同調しないということは、おそらく誰もが知っているけれど、それ以上のことはあたしなんもわかんなくて、唯一分かることは、愛によって死体がエレベーターの上で腐り、許容によって猫が死体になったことくらいで、そして、ふたつ挙げたから、もう唯一じゃないじゃない。

失効するへにゅへにゅ

失効したのでへにゅへにゅはお仕舞い。私はへにゅへにゅを喪った。

 *

昨日は超久しぶりにKさんにお会いしました。前日二十三時頃にお誘いするという無謀ぶりだったのですが、怒らないで遊んで下さいました。多分女神様かなにかなのだと思います。
前日にそんな無謀ぶりを示した上に、当日は待ち合わせ時間を一時間遅らせて頂いた上、とどめに出口を間違ってお伝えするという私の素晴らしさを遺憾なく発揮するシチュエーションぱりぱりだったのですが、( 言葉 は 裏 を 読もう ね ! )それでも全然、怒らないで一緒に遊んで下さいました。多分てゆうか、もう、私知ってるんですけど、女神様なんです。

日ごろ足を踏み入れることのないお銀座で、Marche' d' belle | 美しい春を観てきました。前ブログに載っけたイベントです。手作りアクセサリーの展示即売会。普段黒い服や黒い服や黒い服や濃い原色の服しか着ない私ですが、なにせイベント名がイベント名ですので少しは春らしい装いをしようと思い、珍しく、白ブラウスに生成りのワンピース、濃い目の花柄ジャケットといういでたちで出陣。見事に似合わなかったのでもうしないです。白い服は肌が白い人か肌が黒い人じゃないとあんまし似合わないと思うのよね、私の半端な肌の色。あー黄色いわ、黄色いわ。いいのだけれど、黄色くて。でも嘘、いくない、あたし肌真っ白がいかったわんすんすん。肌真っ白な、黄色人種が、よかったわ。すんすん。

由里葉さんのアクセサリーを一番楽しみにして、もちろん、他の方の作品もとっても楽しみにしていたのですけれど、貧民ゆえ「ここからここまで全部あーたしの!」とはできなくって、だからたくさんお買い物をすることはできず、けれど、いっちゃん楽しみにしていた由里葉さんのネックレスを購入できてほくほく。可愛い!本当は写真を載せたいのですが、そう、載せようと思って写真を撮ったのですが、わたくしの貧弱な携帯電話の貧弱なカメラで撮った写真を、載せようと思ったのですが、しかしわたくし本日職場に携帯電話を持ってくるのを忘れてしまったので載せられません。ここに写真を載せられないこともですが、先週から先輩から、ずっと電話がかかってきていて、掛けなおしても繋がらず、先輩がかけたとき私は出ず、だから、ちょっと今日かかってきたらどうしようと思ってドキドキしているよ。もういい加減私とすとすだから早く掛けなおさないといけないのになーどうしよう怒ってるよな先輩すみませんここに書いても仕様がないしどうしよう。ぬん。

それはおいておいて、そうです、由里葉さんのネックレスを購入して、そして、あーどうしよう、未だにそわそわしているのですが、ご本人にお会いできました。あー!錯乱しそう!しないよ!なんだかずっと好きだったすごい人が目の前にいらっしゃるということで、わたくし、名乗れなくて、最初由里葉さんのブースを眺めているとき、ご本人が、少しお話して下さって、ネックレスの試着もさせて下さって、でもわたくし、名乗れなくって、あー心臓が、蚤の心臓が、破裂してまた収束して再度破裂してぱっつん、死んじゃう!となっていたのですがさすがに購入した際に名乗りました…ああ死んじゃうかと思った…。どきどきした。今もしてる。きもちわるいな!あたしが!まともにお話しているとわたくし緊張してクラッシュしてしまうので、なんだか外交的な人が(あれがあたくしの精一杯の外交フィルターですお!)瞬間的に光臨してその人が喋ってました。いつもより声が大きかった気がするんだ。私ぼそぼそとしか喋れないのに。
生由里葉さん(変な言い方をしないのよ!)はありえないくらいお若くて、絶対なにか、精気的なものを摂取していらっしゃる。だから失礼なのよってばってば!ごめんなさい!でもほんとう、超可愛らしい方でただでさえどきどきしているのに更にどきどき。生きて帰ってきたあたくしブラボーワンダホーワンダーフォーゲル。最後はちょっと違った。間違った。ジャケットがジェーンなのを一発で見破られて「すげえ!どうしよう!本物!」とわたくしは思うのでした。ジェーン大好き。

そんな風にどきどきなイベントを後にして、銀座の街へ、お茶を求めて歩みだしたのはよいのですが、さっぱり、土地感がないものですから、どこになにがあるのかも分からず、お高いお店とそうでないお店の見分けもつかず、むしろどこもお高そうに見えてどきどきしていたら、Kさんが「松坂屋にある喫茶店がわりと美味しいですよ」と教えて下さって連れて行って下さいました。難民にならなくてすんだとです、ありがとうございます。そしてねーそこでね、アフタヌーンテーをしたんですよ!アフタヌーンテーですよ!十八時から超ぎりぎりアフタヌーンテー。アフタヌーンテーというよりディナーなお時間でしたがそこはあまり気にせずに。日曜日な上、ふたりして風邪気味だったのでお酒は飲みにはゆかず優雅に紅茶。美味しかったです。
紅茶の後は、ZERO写真展を発見して「あここでやってたんだねどっきり!」と閉展二十分前ぎりぎり閲覧をし、アイドルの人は顔がとても整っていてお人形のようだな、いいな、と思いながら、わたくしとしてはあんましにも早い二十時にお銀座でお別れをしました。日曜日+風邪気味なのであんましふらふらするわけにもいかず、口惜しい。今度はスペイン料理を食べにゆきましょうね。薔薇が咲いたら鎌倉へゆきましょうね。Kさんは相も変わらず素敵な方でしたのでとても楽しかったです。わたくしの心は現在とても優雅な色、楽しかったです。

 *

Kさんとお別れしてから、横浜で白いデスクとジラフを買う。ジラフってなにって、ジラフはジラフですよ。ジラフ知らないんですか?ジラフですよ。麒麟じゃないほうの麒麟。あとラビット買いました、水色の。引越しをしたのでほしいものがたくさん、あって、でも、すべて買っていたらあたくしの貧弱な貯金なんてすぐに死んじゃうから我慢する。ただでさえこれから学費がかかるってゆうのに!

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ココナッツミルクを買いたいのに業務スーパーで売り切れているから買えない。田舎だから他のお店では売っていない。ムケッカが作れない。マリネしているたらとえびをどうしてくれるのですか、早くしないといいかんじに腐敗して甘ったるい芳香を垂れ流し我が家の冷蔵庫を素敵にリメイクし始めるわよ。

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春物物欲メモ
ジェーンマープル/ミホマツダ/ロイスクレヨン/ミスティック/リミフウ/ズッカ/ツモリチサト/ワイズ/ウノビリエ/メルシーボークー/ あと古着屋さん たくさん 春物 の 60年代 ヴィンテージ ワンピース を 買う わ よ !
横浜と原宿と新宿と下北をとりあえずくるくる回らなければ、なのよ。夏でも長袖のわたくしは春物を秋口まで着倒しますから、春物選びは、大変、なのです。

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今日はMちゃんとRちゃんに会うよ!嬉しい!おいしいとこ連れてくかんね!

心臓擦るへにゅへにゅ

泊まりで仕事をする度に風邪を引くので、おそらく職場の空調がおかしいのだと思われます。眠くてしょうがなく、今日でお仕舞い、あとちょっと!昨日先送りにしたのだから明日こそお銀座。そしてぼへっとしている間に、庭園美術館、ポワレとフォルチュニィ展が終わっていたことに先ほど気がついて絶望の真っ最中。馬鹿、馬鹿、私の馬鹿、始まる前に一度間違えて行き、定休日に間違えて行き、果ては展示終了だわ。馬鹿、馬鹿、私の馬鹿。行きたかったのに。涙が躍り出そう。秒速三百十七キロ。

猫を殺しちゃいけないのは、尊い生命を強制的に切断する、全ての可能性を強奪する、ということに拠るわけではないです。猫を殺しちゃいけないのは、それは、猫が可愛いからです。たとえば猫が可愛くなかったら、猫を殺しても、私たちは、よかったんです。ねえだってじゃあさ、あなたはどうしてさ、蜘蛛と蛙を殺したの?猫も殺してみたらいいじゃない。猫を殺してみなさいよ。そこにいる可愛らしくふくふくした毛並みのよい猫を、殺してみなさいよ。手触りのよい毛と柔らかい肉につぷりと刃物を突き刺してその手のひらに暖かくて真っ赤な血を感じてみなさいよ。そしたら絶対に許さないから。
猫殺しは人にあらず、というお話。猫の尻尾を切って収集するなんてとんでもないです。井戸で死ぬべきだ。もちろん舞城の話をしているのですよ。彼は作中で猫を殺している印象がどうしてだかあるのですが、熊の場所以外で猫を殺している作品て、結構ある気はするのですが、どれでしたかしらん。

深層水へにゅへにゅ

駄目だ、すべて日曜。全部後回し。全部後回し。頭痛イーター、咽喉負傷。ヘルシー。

シーサーするへにゅへにゅ

そういや昨日コンビニの入り口で寝そべり大きな口を開けている子供がいた。シーサーみたいでカッコよかった。踏んどけばよかった。シーサーするへにゅへにゅ。

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めためた…ねむい…君らはあたしの身柄をいったいなんだと思っているんだ…体力無尽蔵の超人ではないのだぞ、由緒正しき文化系女子をなめんなよ、体力なんて全然、ないんだ…☆

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頭痛。正当が正当としてまかり通らない不思議、正当でないものが正当でないものとしてまかり通らない不思議、正当でないは正当でないが正しいことの不思議、正しいと正当が相通じないことの不思議、というか、なんというか、おまえらむかつくぜ、顔洗わなくていいから四年前からやり直して来い。願わくばここに君らが再び、来ないことを。来んことを、じゃないぜ、来ないことを、だぜ!毟るだけなら出て行けよ、もう!誰も殺したくないんだったら!誰も殺されたくないんだったら!出て行けよ!もう!だからあたしはお金ためたら出て行くんだ!あたしは正しくないから!みんな優しいのにわかんないね!わかんないよ!あたしは顔を真っ赤にしてぷんすか怒ることしかできないからだめなのさ。みんなの正しさをあたしは知ってるのにさ。みんながみんなに死ねって言うんだ。みんなはそれを甘んじて受け入れるんだ。仕事だからって言うのさ。でもあたしは、どうしたって、むかつくのさ。おまえが死ねばいいじゃんって言いたいのさ。でもそんな人間には、正しさは、ないのさ。みんなの正しさだけを、あたしは知ってるのさ。

きらきらした圧倒的に正しい圧倒的な正しさを愛しているのならやめちまいな。いらないよおまえなんかいらないよ、あたしなんか。殺したいぜ畜生。オンリー言葉、言葉。みんながあたしたちに殺すくらいなら死ねって言うのさ、そしてその上で、殺すくらいなら死んだほうがいいけど、俺たちのことは命に代えても守れって、言うのさ。俺たちの薄汚い金で生きてるんだから、お前らはおとなしく俺たちを守って殺さずに死ねって、言うのさ。顔がないからって平気で、言うのさ。あたし泣きたいのよ。泣くか馬鹿。死ぬくらいなら殺してやんよ。でもそれじゃだめだから私、XXだよ。ちゃんとXXXするよ。消えたいけど死にたくはないよ。痛いのは厭だし私がいない後に私が残っていることが許せないのよ。消えたいけど死にたくはないよ。だから殺したくはないけど、あたしとわたくしとわたしあたくしと僕と俺とぼくとオレと統括「私」は全部違う人なんだから、仕様がない。どうして乖離しちゃいけないんだ?ただ私はかっとなってしまうから、向いてない、ただそれだけのことなんだ。顔のない君たちが好きで、顔のない君たちが嫌いだよ。君たちが憎くて憎くてたまらないよ。君たちが一人前になる前に、果たして私は、いなくなる。

シーソーするへにゅへにゅ

処理リスト
アール座読書館・よるのひるね・やなぎみわ・枝分かれの青い庭で・詩人の声・風花・貯金・振り込み・机(75センチ)・カーテン

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明日はお銀座へゆくわよ。おしゃれに振る舞うわよ。ぼろが出るわよ。つーか別に、おしゃれに振る舞うを振る舞ったりはしないわよ。ニュートラルなわたくしよ。SでもMでもなくNなわたくしよ。明後日も仕事だから飛んで帰る、マジ飛んで帰るわよわたくし、ぴゅんぴゅんだわよ、ざまあ!どうでもよろしいけれどあと二日の辛抱なのだわ。再来週の休日出勤のことなぞお忘れ!どうせ四月と七月しかおまえ、忙しくないのだから!たまには働けよ、馬車馬のごとく!あたし馬車馬なんて!見たこと!ないけどね!!!

ケーキ<おせんべいか、ケーキ>おせんべいかなんてケーキによるしおせんべいによるしその上気分にもよるんだから仕様がないじゃない!わたくしの舌は欲深なのでしょっぱさを求める日もあればスウィートさに焦がれる日もありそして甘じょっぱさを虎視眈々と狙う最強欲望日もあってだから、でも、わたくしの発言的にはわたくしはおせんべい派なのよ!だっておせんべいの方が、硬!派!だから!!!

私は女子なのでこの世の男子は全て性器を切り落として菜食主義になってシベリアに抑留され管理された労働を差し出すべきなのだと本気で思っている。でもそんなのは本当は嘘だ。私は男性性と、そして同等に女性性が憎いだけです。しかし私は中性ではないし中性になりたいわけでもなく、しかし、ぶにょぶにょと空白はいらなかったな。ぶにょぶにょと空白がなければ女子ではないのかな。よくわからないな。

会いたいな!へたくそだ!ちはるの恋を!歌ってた!恋ってなんだ!気持ち悪い!恋してる女の子は凶暴でどろどろで気持ち悪く欲深な怪物!怪獣!あの人ら気持ち悪い、あの人ら気持ち悪い、あの人ら気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い羨ましい、羨ましくない、興味がある!の!

シーソーするへにゅへにゅ。一人シーソーなので動きません。

失踪するへにゅへにゅ

文体を見失った。現象をかけない。今日はとても暑い。ぺこぽん!ぺこぽんてやったことある?私ないよ。ぺこぽん!多分挨拶なんだと思う。ぺこぽん!ぺこぽん!

テレビを喪失するテレタビーズ

テレタビーズは可愛くて大好きだけどテレビは嫌い。この世のすべてのテレビを破壊しろという電波を受信したし、妖精さんも応援してくれるから、私はなんだかこの世のすべてのテレビを破壊しなくちゃならない気がする。でもとってもよいこでテレビっ子の私はそんなことしないし本当はそんなことないし全然そんなんじゃないしテレビっ子っていうのは当たり前に嘘で、テレビが大嫌いでテレタビーズが大好きな私は、単にねむたいだけなんだ。ギブミー休日。

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創刊百年を祝って復刊された少女の友を買ったけれど、中也の詩は一遍しか載っていなく、あとはおじさんが(てゆうか中原淳一が)少女の髪型がどうのとくだらなーいことをひたすらつぶやいているだけだった。青々しい少女の「こひのなやみ」は美しくはあるけどつまんないよね。文学を気取って文学をほしがっている文学以外の「青々しい少女の「こひのなやみ」」がそこには御座いました。少女の友を振り返る本、というか、中原淳一の本だった。がっかり。中原淳一はすごい人だと思うし、まれに好きな絵もあるけれど、私別に全然好きじゃあないからあれ、面白くなく、そのうち高く売れるようになったらいいなあと夢を見るのでした。少女がどんな髪型をしていようが、どんなお化粧をしようが、あなたには一切関係がなくてよ!こうゆうやつがスカートの丈を定規で測ったりするのだわ。嫌悪するね!

苛苛はしていないような苛苛

人にものを教えられる人間じゃないのだよ。ごめんねごめんね君たち、でも「人にものを教えられる人間じゃないのだよ。」と言っている人間から教えられる屈辱といったらどれほどのものだろうと私、想像するから、口にはせず、いつだって自信たっぷり。ごめんねごめんね君たち。空を見上げて「ああ空が綺麗だな」と言った人がいるのならばその人、その人は、空を切り取って自分の内部に貼り付けているのであるよ。ぺたぺた貼り付けているのであるよ。その言葉は正確に言えば、「ああ僕から見える範囲の空が綺麗だな」なのであるよ。しかしそんなことをいう必要はないのだよ。誰もそんなことを言う必要はないのだよ。私たちのスクラップ・ブックがぐちゃぐちゃなのだよ。なのだよという語尾が今日のブームなのだよ。言葉は言葉であるのにねっとり付随した感情と歴史がいろいろを殺していくよ。「めしいる」と打って「盲いる」と変換できないのであるよ。悔しいねああ悔しいね、俺は関係ないね。今日神奈川県のはしっこでぼんやりと立ち尽くすわたくしの眼球にびかびかと存在を主張してくる水色の空はうっすらと雲がかり、目が焼けるようで、私は憎いのだよ。空なんかいつだって、ちっとも綺麗ではないのだよ。わたくしの観測できる空は。

くらくらする。勇気は尊いなんて言うな!本当に尊いものを、尊いなんて言うな!本当に価値あるものを価値あるものとして認め賛美することによって、いろんなところで嘘をつかれた嘘が死んでしまう。だって勇気は尊いだなんて、そんなこと、みんな知っているのにね~。見ない風にしたい・社交的になりたい・と思う、けれど、たとえば「社交的な性格\200」がお店で売っていたとしても、私は、買わないです。本当は社交的な人になんかなりたくない。社交的な人を軽蔑すらしている。社交的になりたいのになあ。社交的になんかなりたくないのになあ。もう誰も喋るな!昼休みは大声がたくさん響くから大嫌い!でもみんな喋っていてね、喋るなと思考する主体に価値はないし、その上、その思考のどれだけ自己中心的なことでしょうか、どんどん煩くして騒がしくして身振り手振りを大きくして私に同意を求めて頂戴です、私の血管が切れるまで、私の逆撫でしてください。私は鳥の心臓の持ち主なので、おそらく血管は切れないけれど。血管が切れるより先に、肺胞が悪意でいっぱいになるようであるよ。

飽和してるのよって誰かが言っていました。対象は?
嬉しいと悲しいは対ではなく、感情は打ち消しあわない。悲しいときに嬉しいことが起こったら、悲しいと嬉しいが同時に起こるだけで両者は打ち消しあわない。ハッピーにサッド、アングリー。とっちらかり。マザーグースは関係ないんだってば!
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