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赤い靴

20090531233808
YちゃんとMちゃんとスナッグで晩ご飯。楽しかった。この三人で会うのはどうやら、一年ぶりなのですって。びっくり。二人とも相変わらずちょう可愛い。Yちゃんからはまさかの合格祝いを頂いてとっても嬉しい。よい香りのキャンドル。あたしなんかに気使わせちゃってごめん。ありがとう。
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プロジェクター、朝

始発、横浜、日曜日、電車が滑って、おうちに帰る。昨日の終電で桜桃さんは滑りさっきのJRで桜井さんも滑り人のいない京急であたしも滑る。

ああ、ああ、生きていて良かったね。良かったのだよね。嬉しいよね。心臓がきゅうとなるね。頭にさくさく刺すのよね。あたしの一部になる。ありがとうございます、ありがとうございます。詳しいおはなしは月曜日。駅に着くまで1Q84を読み、家に着いたら眠る。おうちに帰る。

重力ピエロ@映画

葉づきで晩ご飯を食べて気分が良かったので近くの本屋で1Q84を買う。四千円。馬鹿。楽しみ。気分が良かったのでブルーノートでじくじくジャズを聴きながら読もうと思ったけれど唐突にツインソウルに行きたくなったからツインソウルへと向かう、いずれにせよジャズには違いない、と思う、道すがら、レディローズを切らしていたことに気がつき、この辺ではダイエーの煙草屋でしか売っていないし、ついでだから買いに行こうと足を向け、たら、重力ピエロをやっていたのでうっかり、無事にレディローズを三箱購入した後に観てしまい結局ブルーノートにもツインソウルにも行かずに家路につく現在です。

泉水の感情が殺人へと向かう過程を明瞭に描いていたので恐らくああいう方がわかりいいし受けがいいと判断されたのだなあと思うけれど、あたしは個人的に、重力ピエロは泉水が本当におそろしく、淡々、なんでもないことのように粛々、進んでいき家族愛の名の下に春を受け入れる、ところの怖さと強さと愛おしさ、が彼のわかりにくい(わかりいい)狂気だと思っていたので、傍目からそうと分かり易く感情的な泉水に少し馴染めない。語り部の語られない静かなしかし確実な「何がしかの準備」の不気味さも重力ピエロの魅力だと思っているのです。加瀬亮さん(覚えたぞっあたしだっていまをときめく俳優の名前のひとつくらい覚えられるだぜっ)はすごくよかったけど。だから気になるのは脚本の方。あと最後のペットボトル睡眠薬がないとそこまでして置いておきたかったてゆうこれもわかりいい春の依存と弱さときょうき(なんかもー狂気という言葉は安っぽいし乱暴に大雑把でキライなのだけれどあたしの貧困な語彙力ではほかに適当な単語が思い浮かばないのでせめてもの抵抗でひらがなで書くっ)が見えにくくて厭やなあと思った。いっそ夏子さんを消去してしまえば、映画としてすっきり+大事なとこは消さないをできたんじゃねーのと思った。小説から映画にするという時点で内容が変わることに異論はないけれどこの違いはちょっと嫌かなと思う。でもいい映画だったです。撮り方がきれいやったし、譜割がとてもよかった。(深く考えちゃいけない、テンポがよかった、程度の意。)てゆーかあたしは重力ピエロがとてもとても好きだなって思ったよ!サイトでタイトル間違えてるけれどね!直さないのは面倒くさいからだ!無重力ピエロでも意味的にはだいたいごにょごにょ。あたしはエンタメも純文もラノベも好きなんだよ。だからいつかケータイ小説も好きになれるかもしんない。愛の可能性を希望と呼ぶんだよ。文房具屋さんでパイロットの万年筆のポスターに感動したけれどそれはまた別のおはなし。

まだ目次すら読んでいない1Q84を枕元に置いて眠る。おうちに帰る。

 *

追記、春にはちゃんとピカッソて言って貰いたかった。

ブラックシャフトッ

たあのしかったー!やっぱりライブはリンチが一番楽しいねっ!アンノウンやんねーかなて言った瞬間にアンノウン始まってちょう嬉しかったよっ!パルスも気持ちよかったしっ!ヤリタイヤリタイヤリタイヤリタイ!あれだけたくさんの女の子がデスヴォでヤリタイヤリタイヤリタイヤリタイて叫ぶライブは他にちょっとないねっ!アドアーは二回やっても楽しいっ!

セッションが面白かった。あと久し振りのDもそれなりに楽しめた。もう上がったのに夜船のフリが完璧な自分に軽く引いた。我等の航路に!久し振りに浅葱さんの甲高い行くぞぅっ!を聞けて楽しくなった。詳しくは明日。おやすみなさい。

メモ
アイムシック
スターズ
メルト
アンノウン
パルス
アドア

今日は雨、明日も雨

いま、自分で自分に用意してある、書く場所が五つある。一番頻度が高いのはこのブログだけれど、たまにこのブログを書かない日もあって、そういうときは、でも、私は違う場所で結局なにかを書いている。最近なにも書かない日がなくて、段々気持ちが悪くなってきて、充血する。私はなにを書いているんだろう。日記も小説も詩も意識の違いがなくただ私の指は思ったことをキーボードで打ち込むだけで、私は本当に私的なことしか書けない。矮小さを突き詰めれば私は唯一無二になれるだろうかとか馬鹿なことを考えている。私はどうしても野田みたく欠けているから君と出会えるんだよ欠けているからひとりでは生きていけないんだよと考えられなくて、欠けているからひとりなんだよと思ってしまう、から、欠けているからずっとひとりでどんどん小さくなっていってプランクトンより小さくなれたら私の唯一を知ってくれますかと誰かに話しかける。もちろん空想の人だ。私はどうしてもふたりになれないのでひとりになりたかった。でも私はひとりにもどうやらなれない。私は本当に普通なただのひとなので唯一なんかまったくの幻想でゆらゆらいろんなところに同化してコーヒーばっかり飲んでる。充血する。

 *

だってSくん、きみはあたしのともだちじゃないしあたしはきみのともだちじゃないじゃない。携帯メールの赤い色とか顔文字とかそういったことを思考する時間であたしを縛ってあたしの時間を盗まないで、ね、あたしの携帯電話からきみのアドレスはもうとうのむかしに消滅しているのだし、だから、人に尋ねて、この、差出人不明のアドレス、Sくんだって教えて貰った、けれど、あたし本当にあなたのそういうひたむきなところとか真っ直ぐなところとか優しいところとかが気持ち悪くてたまらないんですだってきみは正しい側のにんげんでしょうそうなのでしょう、あたしきみのこと嫌いじゃないの、でも全然好きでもないの、そんであたしはもうきみにあたしきみのことさっぱり理解できなくてきみは別に悪くないし悪いとすればたぶんあたしなのだけれどでも好きとか嫌いとか理解できるとか理解できないとか関係なくただひたすらにあたしときみの立ち居地は絶望的に違いすぎてこういうことをディスコミュニケーションて言うんだよて言ったじゃない、きmはそのあたしの言を理解できないとゆった、それがつまり、ディスコミュニケーションじゃない、あたしはがま口金魚ちゃんなのよ、そしてきみは口語体で書かれた面白くて分かりやすいシェア率ナンバーワン参考書なんだってどうして何回言っても分からないの!という、ディス、コミュニケーション。

だからメールは返さないです。

きみはここのURLを知らないね、でもまったく、そんなことは、どうだっていいんです。あたしはさあだってさああなたといるとなんだか精神をいちばん奥深いところから破壊されてゆくんだものその苦痛なんていっちゃうこの醜い口をどれだけあたしが憎んでいることかとかそういうどうだっていいことだけで構成されたあたしに話しかけるなんて本当にどうだっていいことだってきみは知っていろよ、正しく生きられるんだから正しく生きればいいじゃないか、本当はあたしきみのこと好きかもしんないなあ、好きな人とは絶対に話したくないでしょそうでしょ?好きな人とばっかり話すでしょ?あなたは参考書であたしはがま口金魚ちゃん。ねーむりなことって世の中にはあるのよ、というあたしの口ぶりが、嫌い!

 *

はるきのいちきゅーはちよんはもう売り出されているともっぱらの噂、桜井さんとこの記事を読んで、おお買わなきゃ、思っていたのに、今朝のニュースでせかいがちゅうもくむらかみはるきのしんさくとか大々的に特集されていて五十万部刷られたこととかが報道されていてえらい人が解説をしてなんだか私はすっかりと萎えてしまった。でも本屋さんで見つけたら買ってしまうのだろう、から、しばらく本屋さんへは、行かないことにしようか。でも読みたいんだ、でも萎えちゃうんだ、萎えちゃうんだ、萎えちゃうんだ。ああ春樹の新作を読みたいなあ!とってもとってもとってもとっても、読みたい、んだ!おなかがね!すいているんだよ!

 *

せっかくイン・レインボウズ買ったのにキッドAばっかり聴いてた。

 *

今日はlynch.だからタオルが鞄の中で退屈しててあたしはもう行きたい。あたしの脳みそをぐちゃぐちゃに掻き回して欲しい。STEALTH大好きだからlynch.と一緒にやってくれるなんて夢みたいだ。夢みたい、と言っている時点で夢ではないことを認識している、という話に特に価値はないんじゃないかな。

 *

お悔やみ申し上げます、とか、ご冥福をお祈り申し上げます、とか、そういう言葉の美しさを思って、涙が出る。定型句とは、それがもっとも適していて、それがもっとも、正しく美しい言葉だから、定型句なのであって、本当にそのように思っていたら、定型句しか、出ないのだと思う。それがもっとも優れた形なのだと思う。だから、定型句だから気持ちがこもっていないとか、そういう、次元の話ではないのだと思う。しかし私は、定型句にありとあらゆるあらゆるを乗せて送る方法を知らなくて、だから、お悔やみ申し上げます、ご冥福をお祈り申し上げます、そういった言葉をメールで送信しようと思ったけれど、できなく、その言葉は私が使用すればとたんに薄っぺらくなってしまうから、できなく、だから全然違うことを喋ったり見当外れの歌を歌ったり自分のことを丁寧に愛してラブラブしてあげたりすることしか、できなく、それを酷く軽蔑する。離れて座っているけれどあなたが生きていることをわたしは、とてもとてもとても望む。

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醜悪を換金して下さい

ヨリコさんに遊んで貰いました。楽しかったです。詳細は明日とか昨日書いた気がしますが特に書くことはないなあと思って今困っているところです。すごくどうでもいいことやちょっと文字に出来ないことをたくさん話していました。あとはご飯食べた。あとは私の買い物につき合わせた。ごめんなさい。
晩ご飯は私のわりあい気に入っている(つまり、1)そこまで高くない。2)混まない。3)店内が狭い。4)おいしい。の四条件の揃ったお店、一番大事なのは2。)岡野交差点のスペイン料理屋。

タワー
黒板にこんなメニュー表示がされてました。かわいい。

タワー!
取り敢えずでかい。自重で反ってる。分解して食べました。意味ない。おいしかったです。ところでこれってスペイン料理じゃな(ry

■昨日のまとめ
⇒おもちゃ屋さんでわかったこと
○私とモンチッチはおなじ顔をしている○ブライスは白くないとかわいくない○落書きは楽しい○ズゴックは売ってない○仮面ライダーはこわい○三歳児のおもちゃはおもしろくない○中ニじゃなくて小五
⇒マルイのバーでわかったこと
○繋ぎが甘い○ショーは面白い○矢沢はもうひとパンチ欲しい○ブルーライトヨコハマじゃなくて百恵にするといい○秋田人はきりたんぽを日常的に食べる○ババベラ、アネベラ

 *

お買い物メモ。毎度お世話になっております横浜ainahainaで三点購入。計三千円也。安い洋服が大好きですがなにか問題がございますでしょうか。小汚い格好が好きなんです。洋服買うときはよほど好きなブランドでない限り(今のところジェーンとロイスクレヨンくらい)古着。お金ないんです。

○zuccaのジャージトップス。横がわりあいたっぷりと取ってあって丈は短め、下で絞ってあるので着たときのシルエットがかわいい。千円。緑色の豹柄、てゆうか、蛇柄?うん?わかんないけどなんでもいいやかわいいから。
○イーハイフンのだぼだぼトップス。かわいい。千円。緑色ブーム。
○tomorrowlandのニットワンピ。かわいい。千円。胸のすぐ下あたりのわりと高い位置で切り替えが入っていて見栄えがよいです。私の好みからいくとスカートが短いのですけれど、切り替え位置が高いからそんなに気にならないです。なんにしてもかわいいからなんでもいいです。買った三着を並べると緑と赤で見事にクリスマス。季節感たっぷりだよね☆

てゆうかこういう格好で通勤してるからお酒買うときに年齢訊かれるんだよね。スーツ着たらいいんだろ!絶対着ないけど!おなかすいたからお昼ご飯を食べる!いい買い物をした!三千円で三着買った!中学生の買い物みたいだけど全然問題ないよ!よい買い物をしました。

うちに帰る

20090524210117
MORE'Sさんへ。勇気は確かに尊いです。しかしこの広告は、勇気というよりは蛮勇なのではないでしょうか。乳首の位置にあるのはヨリコさんの手です。

ヨリコさんと横浜で遊びました。主に私の買い物に付き合わせるパターン。ごめん。
zuccaとEhyphenのトップスとTomrrowLandのニットワンピを買いましたが、全部で¥3,000だったよ!そうだよ古着の上にセールだよ!こんなんだから未だにお酒買うときに年齢訊かれるんだね!古着好きなんだもん。あとLUSHで髪様とトリプルルン買った。あとタワレコでRADと宇多田のアルバム買った。

ゴリラキッチンおいしかった。岡野十三番は相変わらずおいしかった。ヨリコさんは相変わらず面白かった。ちょう楽しかったですまた遊んで下さい。詳細日記は明日、お買い物戦記も明日。それでは、カリガリの「カリガリの世界」を初回版でバッチリ購入済みの私でした。まだ聴いてない。復活ライヴ楽しみ。

弱性引き篭もりですから

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帰宅。家が一番好き。あたしは根暗の引き篭もりですが普通の人なのでそれを他者に伝播することはよくないであろうなあと思うくらいにはまとも(希望)。あたしなんかと似たようなことを日記に書いちゃだめなんだぜっあなたは根暗引き篭もり底辺欠陥バカなんかじゃないじゃないかっ
元気出せとかそうゆうことは死んだって言わないけれど。

でもこれも他者を自らの定義に押し込めようとしているのだから本当はただの暴力だよね。私は夜な夜な人を殴る。ぬ。希望であれと指示するのはね全然いいことではないよ。あたしすぐするけど。でもだってどんな人だってあたしよかまともだぜ。あたしもまともだけど。まともってなあに?まともがゲシュタルト崩壊を起こしそうなんだぜ。

いずれにしてもすべての自分本意で身勝手な恣意を認識した上で、あたしはあなたに悲しいことを言わないで欲しい。決めるのはあなただし言うのはあたしだしそして両者に関係なんてないよね?

責任の放棄でも優しさでも評価なんてなんだっていいけれど、できるだけあたしにとって都合のよいように読みとってね☆あー浅ましい、と言うことによって「自身の浅ましさを認識しつつもどうしても言わざるを得ない葛藤」を演出する心理が浅ましい、と言うことによって「自身の浅ましさを認識しつつもどうしても言わざるを得ない葛藤」を演出する心理が浅ましい、と言うことによって以下エンドレス

どうしよう時雨のアルバムが大変に格好良いので七回くらい軽く死ねる。死ねるていうのは、死ぬという意味では、ないよ!

長くても短くても巻かれるけれど

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長いと言えばマルテッリですよね。パスタの話です。裁判員はあたしやりたくないです。理由は怖いからです。あたし馬鹿なんだもの。

 *

きょうもおしごとっ

ハピバでした

先日は父の誕生日で、内田新哉さんの「僕の海」という絵を贈ったのだけれど、とても喜んで貰えた。良かった。うちは父も母も内田さんのことが大好きなので、今年の結婚記念日祝いとどちらにしようか悩んだのだけれど、海というモチーフはやはり両親というよりは父のものなので、父の誕生日にした。本当に喜んでくれているようなので嬉しい。私は私の行為を喜んで貰えることが一番嬉しい。もう少し生きていてもいいよと許容されている錯覚を得ることができるので、身勝手な感情だけれど、嬉しくなる。好きであることの免罪符を貰えたような気持ちになる。いちおう、父に贈ったのだけれど、しかし絵というものは所有に価値があるのではなく、鑑賞に価値があるのであって、つまり本当は、個人宛というより家宛という色の方が濃い。だから絵を贈るときはその対象の人のみでなく、対象の人と共に住む人にとっても心地よいものでなければならず、なかなかむつかしいのだけれど、その辺は、家族というものはそれ以外の人より嗜好を把握し易いのでやりやすい。あまり冒険をしなくて済む。内田さんの絵は父も母も好きなことが事前にわかっていたし、きっと兄も好きだ。だから今回はあまりドキドキしなかったけれど、喜んでくれるだろうと予測していたけれど、しかし予測と実際に喜んでいる言葉を耳から受容するのでは、それこそ天と地ほど違う。私は今、天ほど嬉しい。

休刊になっている「詩とメルヘン」という雑誌がある。私は小学生の頃からそれを毎月買って貰っていた。私の好きな井上直久さん(私の部屋には「巡回飛行士」がある。この絵がなかったら私はきっと通信大受験なんてしなかったろう。)や、今回贈った内田さんが、頻繁に作品を提供していた。とてもいい雑誌だった。あの雑誌を読んでああだこうだ言い合ったりした昔を思い出す。実家での内田さんを示す言葉は「麦わら帽子と自転車の人」で、家族のみんなが彼のことを好ましく思っていた。いつか彼の絵が欲しいと父が言っていた記憶が残っている。もちろん、都合のよい捏造かもしれないけれど。私は簡単に他人や自分を騙すので、気をつけなくてはならない。ん。

実家には幾枚かの絵がある。小さなものから大きなものまで。大抵は父が海外で買ってきたもので、私は、実家の階段に飾られていた、ブラジルの道ばたで名もない画家本人が売っていたという小さな家の絵が大好きだった。あれらの絵の中に、私の選んだ内田さんの絵が一緒に飾られるなら、こんなに嬉しいことはない。

いやん

昨日の夜の日記は頭が大変にかわいそうだったので消去されました。数人の方にご心配をおかけしたようで申し訳なく、しかしあたし根暗ですから昨日は別に特別落ち込んでいたわけではなくデフォルト、なのであんまし気にしないで下さい趣味です趣味、落ち込み趣味。セルフコントロールで制御範囲内でずっしり落ち込むと元気になるよという話。どん底に暗い音楽を聴くと元気になるようなそんな感じです。本当に苦しい人はへらへらブログの記事なんかのんびり書かないです。うちはへらへらブログです。

私はなにしろ好きなことをするために生きていて、そのための手段として仕事をしているので、仕事によって好きなことが潰される、それが本当に嫌いで、(私に限った話でなく、たいていの人は嫌いでしょうけれど、)昨日はうっかり×××だったせいで三角さんのライヴに行けなく、すっかりむくれているという現在です。二時間は眠れたから別にいいです。今日は音色に行ってコーヒーを飲んで帰ろう、そうしよう。

 *

最近スキンケアをobagiに浮気しているのですが、この子がなかなかに優秀で私はどきどきしてしまいます。ローションとミルクが良かったので美容液も買おうと思っているところです。ビタミンC!たまになんでそんなに金かけて美白必死なのおまえ別に白くないのにと言われますが、うるさい!真夏炎天下一日中紫外線を浴びながら仕事をする身にもなってみろ!あたしは軽く引かれるくらいの必死さでケアしてようやく普通の黒い人レベルなんです!直射日光は焼けるし荒れるし髪も痛むし最悪です。また七月が来るのだろうなあ、厭だなあ。時よ止まれ!お前を特に美しいとは思わないけれど取り敢えずあんまり七月になって欲しくないからと~きよ止まれっ☆ゲーテごめん。

蛙が鳴いたのでもう帰ります

目が痛い。
殺されるような気持ちになることはおそらくあったのだろうけど私は記憶力に本当、乏しいから過ぎ去れば覚えていない。私はそんなに大変じゃない。殺されるような気持ちを四六時中抱え込むことは本当に苦しいだろうけれど私は自分が殺されるような気持ちになっているときでないとそれが分からない。なりたい人がいない。私でない人はどんな私でない人だろうと私よりずっとずっと苦しいに決まっているので、私は絶対に誰にもなりたくない。私は誰かが所有している苦しみを引き受けるのが厭だ。結局はそういった幼児性なのかもしれないと思ったけれど、性癖というのはそれだけなのだろうか。いずれにしてもどうでもよいことで、なんだか記事を消さないとなと思ったりする、私が苦しくないのはアセクシュアルというカテゴリに起因することでなく、ただ私自身に返ってくるだけの話で、アセクシュアルでも死ぬほど苦しんでいる人がいることを、私は知っている筈なのに、どうしてこんなんなのだろうなあ。マイノリティてなにかしらと思う。あの人が書いたあの話があんなにも真に迫って酷く苦しかったのはあの人がそういう思いをしたからじゃないかと思うのはただの邪推で、作品に人間を見られることが嫌いな人もいるし、出ない場合もあると確信している人もいるし、こう書いてあったから作者もこういう人なんだろうなとかゆうのは安易な決め付けで、でも私がそれをしたがるのはやっぱり私が結論を欲しがるからだ。私は結論がいつだって欲しい。全部そういうことなんだろう。全部が全部そういうことなんだろう。そろそろ私の体内から流れる血も枯れていいんじゃないか。この血は本当に無駄じゃないか。私には残したい遺伝子なんてひとつもないんだよ。それは悪いことですか。でも私が思うのはいつだってぼんやりとしているから、それを言語化されてひりひりと焼け付くように痛めつけられると悲しくなる。私はいつもぶらぶらとしていてふわふわとしていて悲しくもないのにあの人は私とおんなし現象を享受してそして酷くつらいと言っている。私は本当に鈍すぎるんじゃなかろうか。血なんていらないと思っているばっかりだ。

「かなしいとおもうこころがかなしい」というようなことを言った人がいる。「わたしはそれがとてもよくわかるよ」という言葉は私自身が心底憎んでいるために私は口にすることが出来ない。分かるわけがない。私に推し量れる感情なんてこの世にひとつとしてない。だからなにもわからないしたとえ私が「それをわかった」と言ったとしてもそれは私が私の内部で私の処理をした結果の「わかった」なのであってその「わかり」とその人の「わかり」がおんなじである保障なんてひとつもない。以前チェルノブイリと兎の話をしたことがある。変化は常にある。理解なんて誤解の総体だと言った作家がいる。優しいと思うのは間違っているなんて誰がどうして定めますか。どうして定められないといけないのですか。そう問いながら私が常になにかを定めようとするのはなぜですか。私はいつだって結論が欲しい。悲しくないと言うとき悲しんでいるように思うと言ってもらったことがある。でもそれは私は本当に悲しくなくて、悲しくないと言う私という媒介を通してその人が悲しんだということなのだろうと思う。私は悲しんでいる(ように見える)人を見るととても悲しくなるけれど、自発的に、人に拠らず、悲しく思うことなんて本当に一度もない。一次的な感情が欲しい。例えば卑近な日常に対して、幸せを感じたり悲しみを感じたりすることが本当に一度もない。でもそれも本当は、忘れてしまっただけなのかもしれない。なにもわからない、という言葉に意味なんてない。なにもわからない。

 *

マクドナルドでハンバーガーを食べたりスターバックスでコーヒーを飲んだりする。私はお金を払って誰かを殺す。ということを言語化して脅迫してマクドナルドでハンバーガーを食べたりスターバックスでコーヒーを飲んだりすることを止めさせる心理的圧迫、という優しさがある。でもその人の言葉が弾丸である可能性とその人の言葉が弾丸でない可能性は決してどちらか片方のみでは存在できない。人を直接的に物理的に殺害することは悪いことです。法で裁かれます。人を直接的に精神的に殺害することは悪いことです。場合によっては法で裁かれます。人を間接的に物理的に殺害することは悪いことです。法で裁かれます。人を間接的に精神的に殺害することは悪いことです。場合によっては法で裁かれます。ところで間接的かつ間接的かつ間接的かつ、並々ならぬ経緯をたどり、結果としての殺害は悪いことで、裁かれるべき、正義の旗に集うべし、というならば、私たちはもう物も言わずに死んでしまうしかない。どうして誰かを殺していることを自覚して生きていちゃいけないのかお前が私に知らせてみろよ。その言葉で私が死んだのならば、あなたの正しさは一体どうやって証明されるんだ。私の発言が害悪なら、あなたの正しさは一体、どうやって証明されるって言うんだ。

 *

とこれまでの発言は全部冗談だよと言うと悪い冗談だと言われるけれど悪い冗談と良い冗談の線引きはどなたが行いますか。私におむすびを下さい。おにぎりじゃなくておむすびが良いです。もうやだやだおうち帰りたい。お酒飲みたい煙草吸いたいおむすび食べたい眠りたい。「おむすび」と打つとエートック先生は「お結び」と変換します。エートック先生は良い先生です。全部主観です。

歯茎から血が出ます

ねねねねねねこじるしせんせいっ?!
ね、猫ちゃんがブログやってるよ!ちょっと!何太朗先輩とかも出てるよ!あとはナカちゃんの指とか太朗さんの口とか代筆リーダーとかも出てるよ!なに、これ今更知った私はやっぱり海月として情報が遅いのですか。そうですか。うう、どう考えても猫印さんて可愛くないのにどうしてこんなにも可愛いのだろう、猫印さん大好き。

プラオフィシャルはぶちブログでしたから、ぶちが脱退してしまって、代わりのブログが必要だということなのでしょうね。そう考えるとなにやら切ないですがいやしかし猫印センセイ可愛いからよし!ま、ムックみたくメンバーが書いてくれたらそれはそれで嬉しいのですけれど、ん、でも猫印さんブログ、うう、ツボで、あー、可愛い!ナイススタッフさん!あ、いえ、書いてるのはスタッフさんじゃなくて猫印さんですけれどね。猫ちゃん可愛い。気持ち悪いですって?あなた目がおかしいんじゃないですか?猫ちゃんちょう可愛いじゃないですか。見れば見るほど可愛い。なんてお洒落な包帯。なんてお洒落な眼帯。牛乳を飲む猫ちゃん萌え。猫印さん大好き。今度の武道館もいるかな~。

 *

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あんまりにも天気がよすぎて、空は青く、風がそより、吹いて、緑色、草で、芥子が黄色と信じられないオレンジ、咲いて、そうやって、あんまりにも天気がよすぎるから、瞼がじくじくする。夏だなあ、もうきっと夏なんだな。太陽が黒い点なんだなあ。芥子の繊毛が嫌い。

それは愛じゃない

携帯電話を持って行くのをよく忘れる。出勤してから気がつく。そんな日に限ってMちゃんから晩御飯を誘って貰ってた。あたし死ね。ヨリコさんも返信遅くなっちゃってごめんなさい。あたし死ね。

残業でいらいらしたので二十時に職場をでてそのまんまひとりカラオーケストラに行ってきた。ファックオフファックオフアンドワイプ!もうお前らにはなにも求めないいつか殺してやる!マ・グ・ロ!バイバイバイバイ全部リセット!と散々喚いたら少し元気になりました。ディルもムックもガリガリもプラも大好き。ひとりでデスヴォで喚き散らしてすっきりしておうちに帰る女が私です。みんなもっとヴォイヴォイ言えばいいのに。すっきりするよ。きっと犯罪も減るよ。デスヴォイスは世界を救うよ。

いつまで経ってもi doとinner universeをそれらしく発音できない。頑張ろ。

針槐。禁じられた遊び。

ipla.jpg
just A moment(時雨のアルバム)の感想を書きたいのですが、近頃もっぱらプラばかり聴いているので書けません。プラ以外を聴く気分になりません。タワレコで視聴した限りでは、いいアルバムだと思います。だいぶ音の幅が広がっていて、わくわくしちゃいます。テレキャス~を初めて聴いたときは、重い音が増えていて「時雨はあんまり重くならないで、ひたすら甲高く激しく鋭くいて欲しいなあ」などと思ったものですが、こうやって広がって、それでもバンドの核を失わないでいるのを聴くと、あああれは余計な危惧であったなあ、誤りであったなあ、と思います、
というような感想が、聴けば、生まれるのではないかなと推測します。でも今はプラ以外聴きたくない。

neo]
今月のNeoの記事。
再生しているよ、とあたしは思うよ。

 *

首と腕がじんじん痛む感じ、ああライヴ後だなあと思って一人でにやにやしています。不審者です。こうやって首や腕が痛いと嬉しいのですが、(マゾヒストでは、ないよ!)段々、年を追うごとに、治りが遅くなってゆくのですがこれは一体どうしたことでしょうか。どうしたこともなにも、単純に、年を取っているだけなのですが。
「さよなら三角、またきて四角」でも、ドラマーさんの紹介はなかったそうですね。果たしてドラマー加入はあるのでしょうか。もしかしたら武道館まで公表はなしかな。武道館でなかったら、もう三人でやっていくてことなのかな。でもそんなこと考えても詮無いまったくに。

首が痛くて首が痛くて首が痛くて気持ちがいい。脳みそが振れて振れて振れてぐちゃぐちゃになって溶けていく感覚が大好きで、首が痛くて首が痛くて首が痛いとその感覚を思い出すから、首が痛いと気持ちがよく、私は暴れさせてくれるライヴが大好き。次の予定はリンチで、本当はその前にムックに行きたいけれど、少し、面倒くさいのは、食指が伸びないのは、球体のアルバムツアーだからで、球体なら私は別に、好きじゃなくて、是空と朽木の塔と6を延々と繰り返し聴く、だから、チッタに行くのはやめようかなあと思う。リンチのワンマンに行きたいな。ワンマンやってくんないかな。食べたい飲みたい眠たいやりたい死にたい生きたいアンソロジー。

赤い色です 少し黒です

20090517173939
月一のお腹痛くてなにもしたくないデイ。フィストで掴んだ子宮を引きずり出して壁に投げつけて赤黒くぶち撒ける妄想。やらないしやらせないけど。痛いことは嫌い。

写真は、エレゴス・お兄系・ハートE店員などの変遷を経て、ついにインドぽい麻の服(なんて言うのか知らない)にたどり着いたふーさんです。髪も黒くなりました。昨日会ったとき最初何事かと思ったよ。時間は移ろいますね。

さすがになにか食べないと滅びそう。起きるためには緑色のカプセルがふたつ必要。女なんて女なんて女なんて。

なにも学ばない

あなたがあなたの手首を切っても、私には、なんの関係も、ないです。私は痛くないし、私はつらくないし、私は困らないし、私は関係ないし、

ただ私は私の知っているにんげんが手首を切るのは、もうたくさんだ、嫌いな人も、どうでもよい人も、好きな人も、みな一様に、私の知っている人間 すべて が、手首を切るのはもう、たくさんだ。痛くないし、つらくないし、困らないけど、厭だ、あたしが厭だ。

そして私のその感情は、あなたの手首とまるで、なんの関係も、ないです。誰も誰になんの関係もなく、持てないから、こんなにも関係を欲しがるようです。不健全ですか。

出来ることなら、なるたけ、切らないであげて下さい。あたしが言う。これは私の問題。だからあなたの在りようとは関係がないけれど、私は私のために犬のよう繰り返す、ねえやめませんか。血が出るんです。血が。赤くて。そして私は、手首を切ることによってもたらされる幾分かの救いだとか、そういったものに対する許容をドライアイスみたく排除し、放埒、想像もせず、優しさを装い楽をして、私のことばかりを考えている。私はなにを喋っているんだろうか。

私は悲しくなりたい。私は悲しくなりたくない。

あのね あたりまえなんだけどね

20090516224808
ぶっちがいなかったです

空中ブランコ
メルト
リプレイ
メランコリック
ヘイト・レッド、ディップ・イット
Ghost

操り人形みたいな有村と
穏やかなリーダーと
笑わない中ちゃんがいました
私はプラスティックトゥリーが好きです
私はプラスティックトゥリーが大好きです
これからがわくわく楽しみどきどき
とは
まだ
言えないけれど
これからもずっと大好きです
プラも
ぶっちも。

20090516225237
最終便じゃない観覧車の下で。

まんぞく

20090514175934
今から帰ります。写真はまさかの広島限定キリンラガービール。広島の人はなんでこんなにカープが好きなの?

肺胞!肺胞!仕事が好き!

ここ最近の日記も随分アレで、ダメダメ。安吾に「深刻好きの若者」と馬鹿にされてしまうので普通のことをしばらく書こうと思いました。普通のことてなにさ、てなにさ、日記として正しい事柄を書きたいなあということだよ。投げたら投げっぱなしの無責任な殺人ボールでなく、きちんと、正しい言葉を正しく用いて、私はもっと人に優しくなりたい、誠実な人になりたい。お好み焼きたべたい。

 *

論理学のテキストが面白い。車内が暗くて読めない。読みたい。

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左から順番に

遅咲きガールさんへ、気持ち悪いくらいレスに長文の追記をつけました。読んで頂けたら逆立ちしてハムを食べるくらいに嬉しいです。

恐ろしく眠い。今日は地球に対して垂直にならなかった。惰性でも構わないからあと半日稼動しろあたくし。恐ろしく眠い。

アイマスク
ウェットティシュー
ヘアトリートメント(オイル)

初めてを生まれたときに亡くした

20090512224112
三角みづ紀さんのパフォーマンスを見てきた。今からおうちに帰る。ゴールデンカップのハンバーグはふかふかしていて、じゅわあと肉汁、甘くて、舌に優しく、なにしろ溶けるし、美味しすぎてあたし困る。地球に対してほぼ垂直になって太陽に焼かれたお昼が霞んだ。あのときあたしは「地球に対してほぼ垂直になっても大丈夫なことを知識として知っていたのに地球に対してほぼ垂直になったとき地球に対してほぼ垂直になったことがとても怖かった」。なにが危ないかわかっていない人が一番危ない。なにが危ないかわかっていない人が一番きれい。でももう霞んだ。横浜駅の東口からバスに乗ったことのなかったあたしはしかし、外は見たりしなく、なにも得ず、得ようとせず、耳元で有村が歌ってる。「寒くない冬がくれば僕の町にサーカスがくる花が好きな象の歌も火が怖くて死にたがるライオンも奇形のロバも影絵の子供も背の高い司会者とくるよ天井からぶら下がったブランコから笑い笑いながら落ちる彼女あの日の僕斜め前のピエロがはしゃいでいる」。久し振りにターキー飲んだら焼けるように熱く煙のようだったのよ。スコッチ派になってからそろそろ一年がもう、経つんだ。煙草をたくさん吸った。煙草をたくさん吸った。煙草をたくさん吸った。ここ一カ月口にしていなかった煙草を。美味しかった。でも太陽と海に監視されながら吸う煙草は酷くまずく、あたし知ってるのよ、場所と世界があたしに煙草を吸わせる。私は煙草が嫌いだ。信じない人のことも信じる人のこともどうだっていい。「フラニーとゾーイー」のゾーイーを三分の一読む。うんざりする。続きを読みたい。日記をあたしは、本当は、やめなくちゃいけない。忘れるから決して、やめてはいけない。伝えようとしない言葉も伝えようとする言葉も伝わらないという意味では差違がない。私の言葉なんてライトノベルだ。いつだってライトノベルだ。しかも劣悪な。劣悪の定義は誰が作るんだ。審判員制度で誰もがジャッジするんだ。

ブリッツが見えた。ブリッツもゼップも嫌いだって何回言えばいいんだ。本当は言わなくていいんだ。なんにも言うべきではないのら。あたしアイラビューを言わないことから始めなくちゃいけないんじゃない。言っちゃいけないんじゃない。貝のように口を閉ざし、一次的な感情が欲しいなあ。模倣でない感情が欲しいなあ。でもあたしはブリッツが、こんなにも、大嫌いじゃあないか!

黒い口紅が欲しい。

腐乱煮と雑煮

給付金旅行と思っても足が出るので溜息。遠い。さすがに二日連続で有休を取る勇気はない。

歯磨きのし過ぎで歯茎に歯が食い込んだ友達のことを思い出している。中学から高校に上がって別々の学校になって、しばらくはつるんでいたけれど、次第に彼女が中学の同級生のAV出演の話などを楽しそうにするようになって疎遠になった。中学の頃から二十上の男と付き合っていた友達のことを思い出している。オッドアイで左目にカラーコンタクトを入れていた友達のことを思い出している。思い出している。今はそのうちの誰とも連絡を取っていない。みんな元気ですか。毎日歯を磨いて、救いようのない男と付き合って、カラーコンタクトを入れていますか。あの子の歯は綺麗だった。あの子の言葉は綺麗だった。あの子の目は綺麗だった。でも私は本当にそのことを知っていたろうか。そして今私は本当にそのことを、知っているだろうか。修正された記憶だからきらきらしているのか、そうであるようにそうであるのか、私にはわからない。ただ綺麗だと思う。実家は近いのだから会おうと思えば会えるでしょう、それでもそれをせず、だってそれはもう、私ではないし私の友達ではないし私に所属するものではない。すべて過ぎ去る。私は見ているだけ。

三角さんの日記に「カレーが腐った」とあったので慌ててカレーを冷凍する。どうやら暑いようです、出勤するだけで汗をだらだらとかくのも、私の皮膚がじっとりと滲んで不快、水がどうどうと表面を流れて私の服を湿らせて不快、首が不快、脇が不快、なんだか暑いようです。

今日の夜が楽しみで、明後日の昼が楽しみで、土曜日の夜が楽しみで、眠れない。眠ることが好きで、暇さえあれば眠りについている私なのに、眠れず、今、目をしぱしぱさせながら、眠たく、しかし眠れない。ともだちって空疎だなと思う。それは別にともだちという概念が幻想だとか、どうせいつか別れるとか、あの子は酷い子だとか、そういうことを言っているのではなく、思ってもいなく、ただ、私がいつも嘘ばかり言っているからで、今更なにを言えるだろう。本当のことを言いたいとすらちっとも、あたし思えない。正義を行うこと、道徳を守ること、人のため、自己のため、善く生きること、それにどれだけの価値があるだろうか。正しい人が私を哀れむときたくさんの私が生まれる。肺胞いっぱいに詰まる。そして肺膿になって、私はいつかそれによって死ぬ。素敵じゃないか。正しいことにいったい、どれだけ価値があるんだ。私はこの世に存在する全ての正しさを憎む。

 *

サリンジャーは「ナイン・ストーリーズ」だけを読んでいるという微妙な立ち居地だったので、「フラニーとゾーイー」を読もうと思って昨日買って音色は定休日だからスナッグに行ってタコサラダ食べながらデカンタで赤飲みながらフラニーの部分だけ読んだけれど、フラニーは五十ページくらいの短編の間中で眩暈がするくらいの回数「わかんない」と言っていてなんでこの人こんなに正直なのかな~。

私の吐瀉物をお前にぶっかけてやる

http://blog.livedoor.jp/natsukimatsui/archives/788602.html

>恋愛運アップの法則

>「機嫌良くしていなさい」
>と、ここ1か月のうちに、仕事・プライベート合わせて、
>7人くらいにゆった!!

>「基本、機嫌良くしている」女子に対しては、
>「こんなにいい子なのに、ひとりではもったいないなあ」という空気ができて
>それが、あなたのまだ出会っていない人たちにも次々と伝染していく。
>そして、それがいい出会いを生む。


そうだよね、こんなにいい子なのに、ひとりではもったいないってゆって、皆様が心配りをして下さって、出会いを手配して下さるのですよね。ひとりではもったいないってね。基本、機嫌よくしている「女子」(かぎ括弧の部位を間違えたわけではないよ)が「ひとりでいたら」「かわいそう」だものね。「もったいない」よね。そんないい「女子」が「ひとりでいる」だなんて、周りがお手伝いして「恋愛させてあげたく」なるよね!うっふん!

私は私をもったいないと言われることが非常に不愉快。そんなことは私の決めることでお前が私を規定するな。どうして世界中の「ポジティヴ!エコ!仕事もプライベートも充実させていい女、男になるぞ☆」志向の人は(私の中ではこれらは全ておんなしカテゴリ。女性の場合は日経ウーマンとかR25とかアンアンをガチで読んでるような怖い人たち。自己啓発セミナーに行った人とおんなし空気を醸し出してる人~。こうして私は他者を規定するのよね~うふふ~きもちわる~い。)勝手に人を哀れみたがるのかな~。恋愛しない人間なんて「いるわけがない」。そう主張する人は「無理をしていて」「自分の価値がわかっていなくて」「恋愛の喜びを知らないから」「かわいそう」。はいはいはいはい。

別にこの記事が悪いわけでもこの記事を書いた人が悪いわけでもないのだけれど心のそこから気持ちが悪くて仕様がない、実際そうなのよね「おんなのこがひとりでいたらもったいない!恋愛させてあげよう!面倒ならみたげるよ!」という空気は確実に存在していて、そして私は吐く。私の吐瀉物をお前にかけてやろうか、勝手に人を哀れみやがって、私はもったいなくなんかねえよ!こういう人たちにアセクシュアルという存在を説こうとするとあまりにも大きな精神的ダメージを蒙るので絶対にしたくないよな~と思うよ~。可哀相がられるものね。恋愛にいい思い出がないんだねって可哀相がられるし、病院やカウンセラーを薦められるものね。あなたもいつかできるよ!て言われるものね。ああ吐く。ヤるだけならあたしできないこともないんだけどね~でもこういうこと言ってると今度はアセクの方から「お前はアセクシュアルなんかではない!」て迫害されるからね~。どこにでも原理主義はいて、恋愛原理主義も、アセクシュアル原理主義も、あたしは大嫌い。やれるやれないの話ならセックスはできるだろ。どうせたかが体だけの話なんだから、吐けばそれでお仕舞いじゃないですか。恋愛を強いられるよりはそっちのほうがあたくしはマシだわ。

と基本的には思うけれど、先輩が昔置いてった(先輩あれどうすんの取りにこなきゃあたし私物化しちゃうよ~てゆうかもうしてるよ~)ブラッドハーレーの馬車を昨日読んでいたのでああゆう性行為はさすがに無理だよなあと思う。あれはセックスとかそういう次元の話ではないと思うのだけれど。まあいずれにせよ、精神的な暴力、肉体的な暴力、どちらがより苦しいかなんてそんなの比べること自体が間違っていて、精神的な暴力も肉体的な暴力もどちらも暴力に違いないのだから痛いことは痛いのでありますよ、精神的だろうが肉体的だろうが、論理を駆逐する圧倒的な暴力というものはこの世に存在していて、それが精神肉体どちらに属するかなんてそんなことは関係がなく、とにかく暴力は、その力の大きさが問題なのだと思うよ。ただ精神的な暴力は、外側から力の強さを窺い知ることが非常にむつかしいだけで。それにしてもブラッドハーレーの馬車の女の子たちが受けたものは精神肉体両方にかかる暴力で、しかも圧倒的、私は傷口に指なんか突っ込まれたら、そう思えば、想像するだけで、血の気が引く。痛いことは嫌い。痛いことは嫌い。

肯定したい相手から肯定したい行為を与えられ、しかしそれを否定することしかできない苦しみが果たして誰に理解できるんだろうか、否定することしかできない自己を否定するに至る道は案外広く見つかりやすく進みやすく出来てしまっているのではないだろうか、それを果たして誰が理解できるんだろうか、そう思う、誰も理解できやしないだろう、私だって理解できない、だから私は想像することしかできないけれど、想像することすら容易ではなく、私は正直、本当にわからず、性行為の強要なんかをする奴は全員死んでしまえばいいと思うけれど、そのことが自己の死に直結するとは私には到底思えず、理解できないから、苦しい、と言うけれど、それを苦しみだなんて誰がどの口で語るだろうか。肯定したい相手から肯定したい行為を与えられしかしそれを否定することしか出来ず自己否定に至る。苦しみの色を想像しろ。苦しみの色を想像しろよ。想像しかできないじゃないか。想像以外になにができるてゆうのよ。九十九日すらもう既に過ぎ去ったのにあたしは未だになにもわからないんだ!想像しろよ!その色を!

私は恋愛を否定したいのではなくて、恋愛を賛美し当然のように他者に強要する世界を否定したいだけで、その違いなんてたいしたことではないと言われてしまえば、私の全ては価値を喪失する。「恋愛を賛美し当然のように他者に強要する世界」は決して、本当は間違っておらず、正しいから、余計に私は疲弊する。私は主張を正義を振りかざして行うことが出来ず、ただ違う、違うんです、繰り返して小さくなるだけ、醜いでしょう、哀れみますか。可哀相ですか。正義に押しつぶされて私は全ての価値を喪失する。正義なんて相対的でしかなく、本当は私もそれを振りかざすことはできる筈で、しかし正義の旗を振りかざすことは本当におそろしく、私はそれをしたくない。それでも私はこうやってなんでもぶちまけるし、他者に吐瀉物をぶちまけるし、世界が私を殺す回数とおんなじくらいに、私は私の言葉で他者を殺している。どうしようもない。けれどこれをどうしようもないと結論付けているうちは、本当に、なにもできやしないだろう。私はどうしようもないとは言ってはいけない。どうしようもないと言って俯いている間に、九十九日すら過ぎてしまった。私は相変わらず彼女が死んでしまったことがよくわからず、彼女は毎日私の中で死ぬ。肯定したい相手から肯定したい行為を与えられしかしそれを否定することしか出来ず自己否定に至る。もしかしたらそれは愛だったかもしれない。私はそれを知りたい。想像するしかない。理解なんてできやしないから、ただ勝手に他者の心臓を暴いて脳みそを盗み見するように、想像するしか。

 *

てゆうか引用したブログの人勝手に引用して勝手に喚いて挙句の果てに関係ない話してごめんなさい読んでないだろうけれど。ダブリューダブリューダブリューてこわいね。全部人のせいにあたしは、するわよ。

お前が私を肯定するな

夢を見た。私はたこだった。足が八本あって、とても速く泳ぐことができた。なんらかの切羽詰った事情があって、生き残っていた最後の人間たちは海洋生物と融合して、海に潜った。私はたこだった。塩水は真水と少し勝手が違うようだなと思った。海洋生物になったみんなは明るい様子で、大変だなおい、魚だぜ魚、とはしゃいでいた。瞬間、空が光って、次に目を開いたときにはみんな死んでいた。私はたこだった。足が八本あって、とても速く泳ぐことができた。みんな死んでいて、とりあえず墨を吹いた。そして目が覚める。

夢を見た。私は時計修理屋だった。高い時計台の内部で時計の修理をしていた。ノートルダムの鐘に出てくるような場所だった。そして私はそこで時計の修理をしていて、その周りで、小さな女の子がありとあらゆる年代の男女を殺戮していた。死体を作って重ねて、生きている人間が誰もいなくなると、死体の頭を踏み付け続けた。女の子は泣いていた。「なんで死んだのよ!なんで死んだのよ!」と繰り返し叫んでいた。そして死体の頭を踏みつける。私は時計修理屋で、時計の修理をしていた。私はそれらの出来事になんの関係もなかった。時計の修理が完了した。そして目が覚める。

お昼寝をするとよく夢を見る。夜は私すっかりと熟睡するので、夢なんて滅多なことでは見ないのだけれど、カーテンを開けてしくしくと降る太陽の日差し、ちょうどよい気温、アロマディフューザーがしんしんと送り込んでくるつんとした薔薇のかおり、そういったものに皮膚を撫でられながら毛布を被り、寝ようとする意思不在のまま眠りに落ちると、よく夢を見る。夢は悪くない。夢は嫌いじゃない。私の知らない私の定義がいろんなところにあって、ふうんと思う。でも大概は忘れてしまう。昨日と一昨日もお昼寝をたくさんして、たくさん、もっとたくさん夢を見たのだけれど、覚えていたのはふたつだけだった。死体ばっかり出てきて思い返せば妙な気分、でも夢の中で私は全然厭な気持ちじゃなく、困りもせず、哀しくもなく、それはただそうであるようにそうであるだけだった。平泳ぎのように足を動かす意識を体に伝えると、八本の足が自在に動き、延ばしきった瞬間にすううとひどく速やかに泳ぐことができた。その瞬間の爽快感、とても心地よく、穏やかな心持ちになったことだけを、ひどく強く覚えている。

 *

昨日の夜焼いたスコーンが奇跡的なまでに美味しくてやっぱりあたしは天才なんだと思う。素晴らし過ぎる。やっぱり砂糖は粉砂糖を使ったほうが、水分が出なくて、私の好きなさくさくした食感になる。紅茶専門店のアフタヌーンティーで出されるような、きちんと丸で型抜きされて、真ん中に割れ目の出来た綺麗なスコーンを作ろうと思ったら面倒くさいのだけれど、私はもう適当にちぎって丸めて焼くだけ。見た目は「岩石」だけれど(父談)そこいらのスコーンより絶対、あたしのスコーンのが美味しい。スコーンは適当に焼いても美味しいからそこが好き。小麦粉二カップとベーキングパウダーちょびっとをボウルに放り込んで、バターを五十から百くらい適当に放り込んで(懐具合によって分量が変わってくる)、手で潰して小麦粉と混ぜてさらさらにして、粉砂糖を適当に入れて(大さじ二くらい)、卵一個割って入れて、指で掻き回しながら混ぜて、牛乳適当に入れて、大体ひとつになるくらいまで捏ねて、時間があれば三十分くらい寝かせるけれど面倒ならそのまんま百八十度のオーブンで二十分焼いて、二百度のオーブンで十分焼くと、黄金色で小麦粉とバターの香りがふうわり香って、すごくよい。昨日はプレーンとパンプキンを焼いて、朝、プレーンにジンジャーシロップをかけて、パンプキンはそのまんまで、目玉焼きとサラダとコーヒーと一緒に食べたら幸せな気持ちになった。みんな朝ごはんはちゃんと食べるがいいと思うよ。次はチーズとベーコン練り込んで焼こう。好物。
型抜きされてきちんと割れ目のできたものを作ろうと思ったら、三十分寝かせて、三つ折×三して、丸型で抜くという手間が追加されるのであたしはいつもそれをサボる。見た目はあんましよくないけど(岩石)味はあんましかわんないから全然問題なし。そもそもあたしがスコーンをわりあいよく作るのは面倒くさくないからなんだし。こないだスコーン作るノリで適当にバターケーキ焼いたらすごいものが出来上がって、あれはまったく、酷かった。量らないで作れるスコーンは偉大だと思う。

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明日はようやく本牧に行けそうなのでよかったです。水曜はぐわっとして木曜がどきどきで金曜日は少し休んで土曜日はゼップとかいうでかいだけでなんもいいとこないライブハウス(笑)に行くのでなんだか今週は私元気だなあとまだ起こっていない事象に対して感心をするのです。そういや時雨のCDもうすぐ出るのだなあ、忘れていたです。明日フラゲ出来るかなあ、予約とか全然してない。近所の新★堂は時雨扱っていたっけか。てゆうか時雨てもう結構どの店にもあるのかな。わかんねえ。「予約とか全然してない」て、「とか」て、他に一体なにがあるってゆうんだろう。空が暗いなあ。でも暑い。そろそろムカデの季節だね。ああ不愉快。

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私がしあわせであることは私が決めたから私はしあわせ以外のなにものでもない。「私を規定するのは私だけでいいし誰も私を評価するな。」なにが幸せかとかなにが不幸かとかなにが痛みかとかなにが悲しみかとか、そういった面倒くさいことを考え出すと内部から腐っていって汚らしい青と汚らしい黒と汚らしい茶でぐるぐるになって酷い汚臭を放ち始めるから考えない、私がどういった生き物か、などというものは私にとって全然考える必要のないことで、私が私について思考するとき、思考は恣意によって覆い隠され、死ぬ。だから私は私について考えない。その行動によって私は私についてしか考えることができなくなる。社会的に見て私が正しいか正しくないかなんて私は興味がないし、私が幸せか不幸せかなんてことにも興味がない。そういった殻なら私はきちんと持っているから、皮膚はコーティングされているし、外側からは私はきちんと人間の形をしているだろうからそれだけでいい。私の内側を見ることが出来るのは私だけでいいし、それをどういった言葉で表現するかなんて私の自由で、だから私は私のことをしあわせだと言う。あたしはあたしのために生きるしあたしはあたしのためにあらゆる快楽を追及するしあたしはあたしのやりたことだけをやるしあたしはあたしを心底あいしてる、だからあたしはいつもしあわせだししあわせ以外の場所へは行けないししあわせ以外の場所へはいかない。あたしを規定するのはあたしだけでいいし誰もあたしを評価するな。そしてその言葉と共にあるがゆえに、あたしは、「他者があたしを批評し規定する」ことの存在を許容する。そして存在を許容した上であたしはその存在に対し死ね死ね死ね死ねと繰り返し呪詛を吐き、「私を規定するのは私だけでいいし誰も私を評価するな」とうわ言のように呟き、しかしその呪いが結局肯定だということは、私は私の言語で他者に伝えることがいつも、できない。言葉なんて通じるわけがない。誰もわかりあえない。それは悪いことか?それは絶望か?断絶の存在しない世界は希望ですか、私にはそれも理解できない。理解できないことだらけで、理解できないことが私を構成する。ありがとう、ありがとうね、いつもありがとうね、私に新しい文脈をくれてありがとうね。私は憎いとか殺すとか思わなくなったらたぶん、なにもできなくなるだろう。私を動かす燃料の醜さを私はよく知っているし、所詮私なんて使用済みの生理用品のようなもので、まったく。どうしようかなあ、どうしようかなあ、どうしようかなあ。私は私がしあわせであるかどうかに興味なんてなくって、ただ私は、私がしあわせであると規定するだけ、そしてそのように規定できるあたしはたぶん、しあわせなんだと思う。そしていつかしあわせという言葉の意味がわからなくなり、それだってたぶん、しあわせなことだよね?ぷんぷん。

「人間の形」と打つ前、ミスタイプで「いんげんの形」と打った。いんげんが食べたい。

かぼちゃを練り込んだのね

久し振りに適当じゃなくきちんとブイヨン作って、それ使って野菜カレー作ったら旨すぎてあたし天才じゃなかろうかと思う。ジンジャーシロップ作った余りの砂糖生姜がまだたくさんあたるから明日はぶり大根を作ろうと思っていたけれどカレーがまだたくさんある、どうしよう、冷凍すればいいか。明日の朝ご飯用のスコーンが今オーブンで焼かれていて、焼き具合をみながら、99ショップの冷凍食品をもうひと手間で美味しくする方法を得意げに語ったり、泊まり仕事で職場の簡易キッチンで晩ご飯作ってるときに、指切るなよバンソーコー持ってきてやろうかとかにやにやしながら言う上司の顔を思い出して、ムカついたりする。変な服着た今時の若い(うちの職場親父だらけなのであたしいっちゃん年下)女は料理できないというテンプレートがお好きなあの人たち。親切のつもりなんだろうな。テンプレート以外の想定外の言葉を言われるとフリーズする人は本当に多くて、あたしはそれが理解できない、想定範囲内の言葉しか使用されない会話にいったい、どれほどの意味があるだろう。

スコーンが焼けた。眠る。
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