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財布を落としました。

 健康でいたいとおもう。わたしは病気や怪我がこわい。衰えがこわい。働けなくなることがこわい。自分で自分の世話をできなくなることがこわい。ひとりで生活できなくなることがこわい。これから先の人生で一緒に生活をしたいとおもう相手ができて、その相手がそれを了承してくれる可能性がゼロだなんて言わない、可能性は無限で未来は不定で、わたしはわたしの流動性を知っていて、でも、それでも、それとおんなしように、わたしはわたしの不変性を知っていて、だから、やっぱりいろんな可能性を検討した上で、それでもわたしはおおむねひとりのまま死ぬまで生活をするのだろうとおもっている。たぶんあまり、間違っていないとおもう。その可能性がいちばん高いとおもう。だからわたしは病気や怪我がこわい。働けなくなることがこわい。健康でいたいとおもう。運動なんかきらいだけれど、筋トレをしたりランニングをしたりする。延々と泳いだりする。お酒がだいすきだけれど、きちんと休肝日をつくって節制したりする。健康でなくなることは、誰かに自分の生を預けなくてはならなくなるということだ。自分の生の面倒を見てもらうことは、金銭で購うこともできるけれど、それでもそれはひどく鬱陶しく、それに、とてもおそろしいことだ。自分の生を誰かに預けるということは、とてもこわい。想像するだけでこわい。こめかみがじくじくと痛んで、眼球がぼろりと、腐敗して零れてしまうような、そういったこわさがある。わたしはそれに耐えられない。わたしはそれに耐えられない。自分のことを自分でできない。自分のことを自分で決められない。生を選んだ時点でそれ以降の選択は限りなく制限されるというのに、それが更に制限される。どんどん不自由になってゆく。それはきっと、死ぬことよりおそろしい。わたしはわたしが老人になって、あるいは事故や病気にあって、著しく生活能力が低下して、誰かの世話にならなければ生命を維持できない、そして自分の求めることのなにひとつ、することができない、そういった状況になったら、死にたいとおもう。ただ生きるために生きるなんて、そんなこわいことは、わたしにはできない。そんなしたたかさは、わたしにはない。とても尊い、したたかさ。生きるために生きるということ。誰かに自分の生を預けるということ。それはまちがいなく勇気だろう。わたしにはそれがない。だからわたしは健康でいたいとおもう。健康に生きて、健康なまま死にたい。無数の腕に助けられながら、見ないふりをして、ひとりで生きたと勘違いをしたまま、健康に、死にたいとおもう。
 胎児がこわいとおもう。妊婦がこわいとおもう。妊娠していなくても、妊娠を望むおんなのひとをこわいとおもう。妊娠を望んでいなくても、子どもを欲するおんなのひとをこわいとおもう。子どもを欲するおとこのひとをにくいとおもう。わたしは小説で何回か、胎児を妊婦の腹から引きずり出して殺している。妊婦を殺して、妊婦の腹の中の胎児を殺している。でもべつに楽しいわけじゃない。街ですれ違うおんなのひとの、腹から胎児を取り出したいとおもったことはない。腹を裂いてへその緒を裂いて胎児の腹を裂いてやりたいとおもったことはない。でも小説では書いたことがある。複数回。わからない。苦しくはない。悲しくはない。憎くもない。それでもやはり、こわいとは、おもう。胎児が、妊婦が、妊娠を望むおんなのひとが、子どもを望むおんなのひとがおとこのひとが、わたしはこわいとおもう。とてつもなく巨大で、グロテスクな、かいぶつに出会ったように、感じて、あまりにも矮小な自己の存在とそれに対して圧倒的な質量でのしかかってくる親というばけもののことをおそろしいとおもう。あのひとたちは、とても健全で、だからおそろしい。生きるために生きることも、きっと、できるのだろう。ここ三年で、複数の同期が、結婚して子どもを産んだ。彼女たちの顔をおもいだす。交わした言葉や、仕草や、足の形なんかを、おもいだす。彼女たちの腹に胎児が保管されて、排出されて、そしてそれが子どもになり、彼女たちは母親になる。わたしにはそれがひどくグロテスクなことにおもえて仕様がない。そしてそんなにグロテスクなことをしているのに、彼女たちは、あんまりにも幸せそうで、立派で、綺麗で、正しくて、そんなのはあんまりだとおもう。とてもおそろしいとおもう。彼女たちは健康で、健全だ。だからわたしは彼女たちがこわい。わたしはたぶん、健康ではあっても、健全ではない。健全ではない、などという思考をしている時点で、健全なのかもしれないけれど、よくわからない。ただ、彼女たちみたいに、正しくはないとおもう。生々しく綺麗でないとおもう。わたしは彼女たちのことがおそろしい。グロテスクなばけもののようで、きもちがわるいとおもう。そして彼女たちのことをひどく正しいとおもい、なにより、とても、好きだとおもう。

 小説で胎児を殺す。運動をして節制する。わたしは健康でいたいとおもう。わたしはわたしを失わないまま生活して死にたいとおもう。わたしはいつも、世界中のなにもかもすべてが、おそろしくてたまらない。
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