FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

クロール

「俺あいつ嫌いなんだよ」
二十も年下の女の悪口を三十も年下の女に言う。
醜悪とはこのことを言うのだと思う。
哀れとはこのことを言うのだとも。
私は頷く。そうですかと言う。この醜悪で哀れな男になにを言うつもりもない。先輩になにを言うつもりもない。私は沈黙する。そして腹に悪意が沈殿してゆく。
「あいつ潰しますから、見ていてください」「女の子だから仕様がないよ」「守ってあげるから仕事そんなにがんばらなくてもいいよ」。沈殿してゆく。沈殿してゆく。悪意は彼らのものであったり、私のものであったりする。いずれにしても、沈殿してゆく。私は会話をする。彼らと。私は語り合わない。彼らと。
うつくしい瞬間がほしい。うつくしい瞬間が。

土曜日に新宿でカゲロウのライブを見た。Kさんと一緒に見た。新宿六丁目にあるレッドクロスは大きすぎない淡々としたライブハウスで私は好きだと思った。地下にあるところもいい。私は地下にあるライブハウスが好きだ。最後尾の上手側でぼんやりと見ていた。ドリンクカウンターに肘をついて、煙草を吸いながら見ていた。ジンライムを飲んでいた。初めてライブで見るカゲロウはまるで洪水だった。立ち止まらないことで生存を主張しているように見えた。葛西臨海公園でぐるぐると泳ぎ続けているマグロを思い浮かべた。それはとても苦しくてとても愛しくて、間違いなく自由なことだった。音は休符を拒むように溢れ出していた。もちろん楽譜の話じゃない、楽譜上の休符は確かにあって、そんなものもちろん存在していて、でもそういうことではなかった。音は止まなかった。空白を許容しないものをたぶん、私は愛していた。たとえばチェルフィッチュの裏側にあるものとか。そういうもの。そういうことを考えながら私は、ずっとぼんやりとしていた。最新アルバムと、映画音楽のカバーアルバムを買った。帰って聞いたら、映画の方は大して好きじゃなかった。でも最新アルバムは、とても好きだった。Kさんも好きだと言ってくれた。それだけで来てよかったと思う。

昨日、泳いだ。五十メートルプールを泳いだ。一キロクロールして、五百メートル平泳ぎをした。くるりと水中ででんぐり返しをして、ターンをするたびに、わたしの中のなにかが消化されてゆく気がした。塩素のにおい。わたしは水の中で、ゆっくりと消化されていった。水はわたしを拒まない。水はわたしを受け入れない。水はわたしを縛らない。水はさらさらとしていて、押せば退いて、引けば満ちた。わたしに反発して、わたしを圧迫して、しかしわたしを殺さなかった。水はいつも、とても、さらさらとしている。塩素のにおい。わたしは一キロクロールするとき、いつも、とてもフラットでいられる。水はわたしを拒まない。水はわたしを受け入れない。水はわたしを縛らない。クロールする。わたしの下に見える景色はすいすいと動いてゆく。赤色の線。青色の線。それらがなければわたしは、進んでいることすら理解できないだろう。すいすいと動いてゆく。壁が現れるからわたしは、その前でくるりと宙返りをして、壁を蹴って、逆に進む。また景色がすいすいと動いてゆく。同じことを繰り返す。水面に写る影がゆらゆらと揺れる。水に線を引くレーンや、隣で泳いでいるひとの腕が、影を落としている。ゆらゆらと揺れる。わたしは水をかく。わたしは水の中を進む。わたしは水をかく。同じことを繰り返す。
拒まれない。受け入れられない。縛られない。
塩素のにおいがする。
愛に似ている。

苦痛のことを考える。苦痛なことを考える。
どれもこれも難しいことばかりだ。
私はいつも、なにもわからない。
好きなひとがいる。好きなことがある。それだけでいいと思う。それだけを望んでいる。
ひとりで健康に生きていたい。
十全なわたしでありたい。
望むことはそれだけだ。
水に浮かぶ。

クロール。クロール。クロール。クロール。
スポンサーサイト

シープシープ

 愛に似た一月がやってくる。さくさくと食べちゃいたくなるようなチョコレート色の枝が空をいろんな形に切り取っている風景。花はあんまり咲いていない。景色は白っぽくて、空気は乾燥していて、音はよく響く。手の指も足の指も冷たい。お散歩には実は向いている。歩いても歩いても運動の足りていない体からは汗なんてちっとも出てきやしないし、だからお化粧も崩れない。みんなこたつで丸くなっているから、にんげんとはあんまり出会わない。たまに風が鋭く吹いて、耳がしゅっと切れそうになる。わたしはマフラーをぐるんぐるんと巻いて、過剰なもこもこでほっぺたまでを防御する。唇は暖かな毛糸に優しくくるまれてかさかさだ。舌で舐めると血の味がする。あの子たちが選んでくれたマフラー。あったかい。それにくるまれていない耳がひどく冷たい。しゅって切れちゃいそう。にんげんのいない散歩道。花はあんまり咲いていない。歩いても歩いても汗はかかない。一月。愛に似ている。

 優しくできたかなあ。わたしはちゃんと優しくできていたかなあ。思いがけなかった、嬉しかったなあ。きちんとあの子たち、やっていけるかな。いけるよね。言葉にして貰うことがこんなにも嬉しい。優しくして貰えたってことは、優しくできたのかなあ。ちゃんと優しくできていたのなら、嬉しいなあ。必要なんかないのに義務でなく齎される言葉はいつだって透き通る。私の内臓がクリアになってゆく。

 わからない。相変わらず地面はない。でも足はあるから、歩く真似くらいなら、これまでもこれからもできるんだろう。

暖炉の骨

 面倒くさがらないできちんと訴訟をすることにした。面倒くさいことはきらいだし、これは面倒くさいことだけれど、すべての面倒くさいことを放棄することはわたしが私を放棄することだし、わたしはまだ私を放棄するつもりはないから、私を維持するためにはわたしと私とか、あたしと私とか、ぼくと私とか、そういったものたちのバランスをきちんと保たなくちゃいけない。わたしとかあたしとかぼくとか、そういったものだけで生きていくことはできないから、わたしとかあたしとかぼくを許してやるためには、私が存在していないといけないから、そして私はわたしとかあたしとかぼくとかが放棄した面倒くさいことどもを、きちんと処理してやらないといけないから、おとななんだから、ちゃんとしなくてはいけないから、面倒くさがらないことにした。わたしやあたしやぼくにとっては、尊厳なんてどうでもいいことだけれど、私にとっては、尊厳はどうでもいいことではないだろう。私の尊厳も、私が所属する所有するものの尊厳も、きちんと守っていかないといけないだろう。私の尊厳や、私が所属する所有するものの尊厳は、私が守らなければ維持されないのだから、そのためにたとえば、ぜんぜん向いてやしなけれど、戦ったりしなくちゃならないのなら、戦うのだろうし、武器だってきちんと整備するだろう。私は筋肉を鍛えてしゃんと立つのだ。背筋をぴんと伸ばすのだ。そしてわたしやあたしやぼくはふにゃふにゃとお酒を飲んで眠っていろよ。きみたちのその場所を私守る。あたしがあたしでいられなくなるのなんか、あたしは許さない。なにもしないけどね。

 すれ違う。

 部屋が暑い。暖房を止めればいいのだけれど、暖房を止めるために立ち上がるのが面倒くさい。部屋が暑い。どうしてくれるんだ。エアコンがずっと稼動しているせいで部屋が暑い。しかもエアコンがずっと稼動しっていれば電気代がかさむ。わたし賢いからそういうことを知ってる。いいことひとつもない。どうしてくれるんだ。でもエアコン止めるの面倒くさい。足の指が冷たい。

 すれ違う。
 ねむたい。

 すきだよって言って抱きしめたい。すきだよって言って抱きしめたい。ほんとうにただそれだけだ。いつもただそれだけなんだ。それを許して欲しい。それだけを許して欲しい。自分に期待してやったことを自分はこなしてやれない。自分にとっても自分にとってもひどいことだらけだ。だからすきだよって言って抱きしめてやれない。だからねこを飼いたい。膝にのっけてぎゅってしていやがられて逃げられてもすきだよって言って目を細めたい。許してほしい。なにも言わないでほしい。あなたを認めたくない。好意の内実なんて探るな。
 すれ違う。
 音楽が聴きたい。即興の音楽が。わたしのまるで知らない、これから先二度と聴くことのできない、生まれた瞬間に死んでしまう、音楽が聴きたい。素晴らしくなくていい。一瞬で死んでしまうのならばなんでもいい。できるのならばピアノがいい。鍵盤をたんたん叩いて床を軋ませてほしい。音楽が聴きたい。すぐに死んでほしい。もう二度と蘇らないでほしい。そうしたらずっと愛せる。そうしたらずっと愛せる。
 すれ違う。
 すれ違う。
 たぶんそれを望んでる。たぶんずっと愛してる。

くらくら

 目が乾く。頭痛がする。吐き気がする。咳が止まらない。寝不足のせいだし、食べすぎのせいだし、風邪のせいだ。きょうはきっと眠れる。たぶん。どうだろう。わからない。食べすぎは、お正月のせいで、これはゆっくり元に戻してゆく。風邪は薬を飲めば治る。薬を飲む。パブロン。
 会社でえらいひとの話を聞いたりする。一月はきらいだ。なにかにつけてみんな集まりたがる。わたしの送別会と新年会とわたしの後任のひとの歓迎会を一緒くたにしたものをやってくれるらしいのだけれど、当たり前に嬉しくない。そもそもわたしの送別会だというのならばわたしの予定を聞いてほしい。「七日に行いますので参加の可否を報せてください」なんてメールが去年きた。わたしの後任のひともスケジュールは訊かれていないと言っていた。わたしは基本的に宴会に出ないし出ないことを悪いともおもっていないけれど、さすがに今回は出ないとだめだろうなあとおもって、参加すると伝えた。七日にはすごく行きたいライブがある。行けない。
 異動の日をまだ教えてもらっていない。一月中旬とだけ言われても、困る。
 時計がほしい。十気圧防水以上の、お風呂でつけていても大丈夫なもの。アナログとデジタルの両方の表示があって、ボタンを押してモード変更なんてしなくても時分秒と月日曜日が常に表示されているもの。アラームとストップウォッチはないと困る。バックライトを押さなくても暗闇で文字盤が見えるのが理想だけれど、バックライトでもいい。衝撃に強くて、汚れなんか気にならない、上品でなくていいからタフなものがいい。探す。

 上の文章を書いてから一時間経った。異動の日を教えられる。来週だ。どうしてもっと早く教えてくれないのか。叩きたい。

 くらくらする。
 くらくら。

わすれないでね

オリーブオイルでみじん切りにしたにんにくを炒めてアンチョビを炒めてざく切りにしたキャベツを炒めて白ワインとバルサミコ酢を入れて蒸してたべた。おいしい。たべている最中に下唇の左側を噛んだ。痛い。しばらく唇のケアをなにもしないで放っておいたら下唇の右側に裂傷ができていたの。噛んでしまったのは内側で、裂傷ができてしまったのは外側だよ。痛い。でもすぐに治るから、すぐに痛くなくなる。わたしの生命力とか、そういうものを考える。
わからない。どうでもいい。どうでもよくない。どうしようもない。でもなんとかなるよ。だいじょうぶ。知らないけど。なにかを信じてる。わたしはよい人間ではないけれど、ある面においてよい人間のように振舞うことはできるの。それはたぶん正しい行いだとおもうの。わたしは正しくないけれど、ある面において正しい行いをすることは必要なことで、それはわたしが「わたしは正しくないけれど」という言葉でとてもとても大切に守っていってやりたいあたしたちに優しい盾を与えるために必要なことだよね。よい人間のように振舞えないことは、よい人間でないわたしのすべてを殺すことだし、よい人間のように振舞い過ぎることは、やっぱりよい人間でないわたしのすべてを殺すことだから、わたしはわたしのある面においてだけよい人間のように振舞うことを、きちんとバランスをとることを、もっときちんと覚えなくてはいけない。バランス。それがたいせつ。いつも。
さいきんは赤ワインにオレンジジュースをちょっと入れて電子レンジで二分加熱したものをよく飲んでる。おいしい。ホットワインは気が向けば丁寧に作るけれどさいきんはもっぱらそれ。てきとうなの。それがたいせつなの。昨日は買い物に行って新しいフライパンと新しいおたまを買ったよ。そして古いフライパンと古いおたまを捨てた。わたしは新陳代謝している。そのことについてあなたはどう考える?わたしはなんにも考えないよ。でもすごく好きだとおもう。わたしはごみを捨てる。排泄物でできた道なんか振り返らないで歩く。わたしは正面を向いてふらふらと歩いているからわたしの後ろの排泄物の山なんて見えない。でもわたし以外のひとからはそれがとてもよく見えるんだよ。でもわたしはわたしの排泄物をわざわざ目撃しようなんておもわない。だってわたしの排泄物は、わたしではないからね。たとえそれが世界から見てどれだけわたしの従属物であろうと、だってそれは、わたしじゃないからね。ぶっちぎっていくのよ。わたしはごみを捨てる。
ホットワインはシナモンの香りがするのがすきなの。だから気が向けば去年買ったシナモンパウダーを入れて電子レンジで加熱するよ。ホールのシナモンは去年鶏肉の生クリーム煮込みでなくなっちゃったから、お鍋で作りたいなと思ったら、買ってこないといけないの。あした仕事帰りに買ってこようかな。クローブはあるし、蜂蜜もあるし、だからシナモンさえ買ってこればいいんだよ。材料は揃うの。材料が揃っているからといって、わたしが鍋でホットワインを作るかは、ちっともわからないのだけれど。わたしはきっと、材料が揃っていてもきっと、電子レンジでホットワインもどきを作るよ。
下唇の右側の裂傷は、ほんとうは痛くないんだ。裂傷ができていることなんて、鏡で見るまでちっとも気がつかなかった。認識したら痛くなったなんてこともなくて、できていることを知る前も、できていることを知った後も、ずっとずっと痛くなんてないんだよ。ただそれはとても醜い。
わたしはリップをぬる。
だいじなのはバランスだよ。バランス。いつも。脳みそなんか溶け出して耳から出てしまって構わないから、わたしにもっとバランスを。インナーマッスルを。健康になりたい。撥水性のわたしでいたい。ホットワインなんか作らない。材料があっても作らない。ア・メリーメリー・クリスマス。いつかのどこかのだれかへ。
年が明けたんだってさ。
うそだとおもう。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。