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しかばねのようでしばかねばこうだ

 病院に行って、花粉症の薬がほしいと言った。ついでに、花粉のせいかもしれないけれど、喉と頭が痛いから見てほしいと伝えた。そうしたら医者は、わたしの喉もなにも見ずにただ、口頭のやりとりだけで花粉症の薬を出して、それっきりだった。わたしの喉の痛みが花粉のせいじゃなかったらどうしてくれるんだ。ちゃんと診ろよばかちん。でもわたしは解体された食料としての鳥(比喩)なので、そんなこと言えない。むぐむぐ。
 こないだの土曜日、桜井さんとワタリウム美術館という名前の美術館に行った。おもしろくなかった。それ以外の感想はあんまりない。ショップもおもしろくなかった。桜井さんは「ワタリウムというからには綿がたくさんあるにちがいない」とかへんなことを言っていて、あほちんと思ったけれど、わたしは世界に舞い降りた最後の天使(比喩)なので、そんなこと言えない。むぐむぐ。
 桜井さんは「会社に行ってる時間って浪費でしょう」と言い切っていて、かっこいいなと思った。わたしはぼんやりと仕事やだな会社きらいだなって思っているだけでぼんやりと思っているからつまりぼんやりとしているだけなのだけれど、そうやって言葉にしてみるとなんだか後光が射すみたいに「あっそうだ!」って言う気になるからびっくりした。もやもやに名前がついてしまったぞ。これってよくないぞ。不満には名前をつけるとあとからあとからいろいろないろいろ虫がわいてでてきてしまうから困るんだぞ。そのあと桜井さんはだから空いているときに見たいものを見たいとかそういう趣旨のことを言っていてもりもりしていた。わたしも見たいものは見たいけれどさいきん眠くてなんだかそういう、すきなはずのものたちのために東京へ出て行ってすきなはずのものたちをもりもりたべることが面倒で、寝てばかりいる。からすごいなあと思った。わたしの中の億劫だな虫がわたしをベッドに縛り付けてばかりいる。ねむたい。最近たべないで吐いてばかりいる。なのにどうして痩せないんだろう。たべものじゃないからだな。知ってた知ってた。うんうん。
 お豆腐の専門店に行った。メニューがお豆腐だらけだったので戦慄した。おいしかった。桜井さんは日本酒を飲んでいた。桜井さんは日本酒を飲むと通常の五倍くらい、つまりわたしの半分くらい喋るようになるので、日本酒さんほんとうにいつも助かりますありがとう。桜井さんは日本酒を携帯するといいと思う。彼は日記でわたしが彼の話をまるで聞いていなかったなんてディスっていたけれど、そんなことない。桜井さんがわたしの話を聞いていないだけで、わたしは桜井さんの話を聞いている。常に桜井さんの話と関係ないことを喋っていたり、聞いた瞬間に忘れ去ったり、しているだけだよ。むつかしいね。
 たぶん必要な会話なんてないんだろう。言いたいこともないのかもしれない。わたしはどんどんばかになっていって、大切なことなんてなにひとつとしてわからなくなってしまう。誰といたって、なにを話せばいいのかわからないし、伝えたいこともない。
 友だちに会いたくて、会う約束をした。嬉しい。楽しみ。話したいことなんてなくて、伝えたいこともなくて、わたしの頭は振ればいつだってからからと鳴る、もうなんにもないの。とても重要な苦しみが、ゆっくりと遠ざかっていく。わたしのたいせつなフォビアは、年々遠ざかっていってしまう。毎日朝と晩にわたしを圧迫していたものたちが、晩だけになり、二日にいっぺんになり、一週間にいっぺんになり、一ヶ月に一回になってゆく。たまに訪れる圧倒的に呼吸のできなくなる感覚、あれすら失ってしまったら、わたしはいったいどうなってしまうんだろう。苦しくなくなっても、テレビと噂話と社交性と元気やる気前向きで構成された社会的な正しさを獲得できるわけじゃない。わたしって苦しいの、たいへんなの、あなたと違ってこんなにもかなしいの、という免罪符をなくしてしまってわたしはなんにもなくなってしまって、たぶんもうぺらぺらの一枚の紙。水にひたしたら溶けるし、光にあてれば褪せる。どんどんばかになっていくことがわかる。伝えたいことなんてなにひとつとしてなくなっていってしまう。誰かに会っても、話したいことなんてなにひとつとしてない。それでも会いたいひとたちにわたしは、たぶんすきって気持ちだけ残しているんだろう。どんどんばかになっていってしまう。感情だけになってしまう。あんなに苦しかったのに、どんどん忘れていってしまう。焦るべきなのだろうか。わからない。諦念なのか完治なのか、わたしには判別しようがないんだよ。ただ薄れてゆくことだけが感じ取れる。ほんとうに最近、くるしくない。とても静か。穏やかに生きている。なにも考えない。なにも考えていない。言いたいことがない。一枚の紙に過ぎない。あまり大きくない、ぺらぺらの柔らかい紙だ。物を包むには薄すぎるし、小さすぎる。この紙にできるのは文字を印刷することくらいだろう。それ以外には特にすることがない。

 二十一時になったらまた整体に行く。歩いて三分のところにあるので便利。早くよくなるといいな。るんるん。
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