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エイトビートの夏、台風、瞬間の獣

いろいろあった。

今年の春あたりから自分の文章がクソにしか見えないという病気にかかっていて、それはあたしの客観的な技術力であるとか表現力であるとか構成力であるとかそんなこととはなんの関係もなく常にあたしの文章を心の底から愛して愛して愛しちゃっているあたしとしては、ほんとうにもう病気としか言いようのない状態で病気病気病気だったのだけれど、だからねずっとね今年はいってからはずっとねいろいろ書かないで生活していた。書いたりもしたけど。でもすごく少ない。人生でいちばん文章を書かなかった時期だと思う。大学のレポートは書いてたけど。
文章書かないでなにをしていたかと言うと、だいたい仕事をしていた。なんか妙に忙しくて、あたしの文章クソにしか見えない病はおそらくそれに端を発していたのだけれど、それはともかく、つまりあたしは今年はだいたい仕事をしていた。社畜。犬のクソ以下だよね。仕事なんぞ真剣にやり始めたらあたしのあたしたる根元は死ぬ。仕事なんてクソだ。そんなわけで今年のあたしの人生は犬のクソ以下だった。でもちょっと、八月に入ってやっと、余裕ができたので、いろいろしていた。旅をしたり演劇を見たりライブに行ったり、あとは、文章を書いたり、つまりいつものあたしみたいなことをしていた。
なんか生き返った気がする。

うちの会社は夏期休暇が遅かったので、今日までが休みだった。明日からまた働かなくちゃならないんだけど、年内はそこまで忙しくならないだろう。十二月はもしかしたら地獄かもしれないのだけれど、まだ始まっていないから、わからない。地獄だったら、また死ぬだけだし、死ぬのなんて毎瞬毎瞬くり返しているのだから、大丈夫、だと思うのだけれど。わからない。死ぬのは痛いし、つらいし、しんどいし、むなしいし、大丈夫、なんて言うわたしは生きているわたしだけなのだけれど。わかんないな、わかんない。でもいまはすっきりしている。

八月のよかったこと。
本谷有希子の「クレイジーハニー」を見た。おもしろかった。爆笑しながら号泣するみたいな感情、感情ばっかり、感情ばっかりの嵐、肥大化した自意識をまき散らして全力でぶち壊す、そんな感じ、ふるふるした。心臓がじんじんした。おもしろかった。
lynch.のツアーファイナル、赤坂BLITZ2daysに行った。lynch.のライブには、一年行っていなかった。去年の横浜が死ぬほどつまらなかったので、決定的にいやになるのがこわくて、行けなかった。このライブは、正直あがる覚悟をするために行った。初日は普通だった。つまらなくなくて、ごく普通に楽しめた。もしかして上がらなくてもいいのかな、と思った。また通おうとは思わなかったけれど、近くでやるならたまに行こう、と思った。
二日目は最高だった。もうなにも言うことなんてない。また通おうと思った。

わたしはいつも思うのだけれど、何回も言っているのだけれど、好きなものを好きなままでいるということは、奇跡だと思う。生きているものは必ず変化する。変化しないものは死んでいるものだけだ。だから現在進行形で活動を続けているバンド、作家、画家、脚本家、ダンサー、それに友だちだって、いつまで好きでいるのかわからない。その瞬間に存在する彼らを愛して、愛しているから、変化してゆくすべてに対応できるわけではない。必ず別れはあるし、心なんていくらでも離れるだろう。それは仕方のないことだし、悲しいことではない。それでも、その不可避の別れを迎えないこと、まだ迎えないこと、好きなものを好きなままでいるということは、奇跡だと思う。わたしはそのことがすごく嬉しいし、とても愛しく思う。涙が出るほどに、大切だと思う。
一瞬一瞬のあなたを愛してる。
毎日死んで毎日生き返る、その瞬間のあなたを、たったいま呼吸をしているあなたを、愛しいと思う。

この瞬間のわたしがこの瞬間のあなたに出会う。
それは奇跡だと思う。
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