FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スロウ、そして浮遊をしない

 暗くない話もしようか。

 さいきんはCDウォークマンで音楽を聞くことが好きで、よく持ち歩いている。今回の出張にも何枚かのCDとCDウォークマンD-EJ002を、ウォークマンNW-A847と一緒に持ってきている。勉強のためと娯楽のための本も数冊持ってきているので、わたしの大きな鞄ははちきれそうになっていて、重い。
 わたしが初めて持ったポータブル音楽プレイヤはカセットウォークマンで、確か父のお下がりだったのだけれど、手にしたときはとても嬉しかった。J-POPとフォークソングとクラシックばかりを聞いていた。
 次に持ったのはCDウォークマンで、自分で買ったCDをそのまま自分の机で聞くことができる、という衝撃的な事実が嬉しかった。一枚のCDを繰り返し繰り返し、歌詞カードを見ながら、一生懸命聞いた。
 次に持ったのはMDウォークマンで、型番は忘れてしまったけれど、シルバー基調で、差し色のオレンジがかっこうよく、デザインも気に入っていた。そのころにはヘヴィメタルとハードロックばかり聞いていて、激しければ激しいほどえらいと思っていた。ヴィジュアル系を聞き始めたのもこの頃で、プラに出会ったのもこの時期だった。最初はなんとも思っていなかったのに、なんとなく聞いていたら、頭から離れなくなって、中毒のようなった。CDを聞きながら泣いたり、歌詞が心臓をぐちゅぐちゅと押し潰すように感じられ、布団から出られず学校を休んだりした。
 次に持ったのは、ずっと憧れていたiPodだった。classicの第二世代だった。知り合いの中ではまだあまり持っているひとがいなかったので、自慢に思ったのを覚えている。好きな音楽をなんでもかんでも放り込んで、リストを眺めるだけでも楽しかった。この頃からダンスミュージックがお気に入りに追加されて、それからプラの影響で、マイブラとかスミスとか、キュアーなんかをよく聞くようになった。ライブへ行くようになったのもこの頃で、行き始めは、前日はドキドキして眠れなくて、当日はすごく気合いを入れてお洒落をして、と初々しかった。対バンをたくさん見るようになって、どんどん好きな音楽が増えていった。
 次に持ったのは、会社のビンゴ大会で当たったiPod shuffleだった。走るときにいいなと思って、疾走感のあるギターロックや、踊りたくなるようなテクノを入れていた。
 走ったり歩いたりするときはshuffle、家にいるときや電車に乗るときはclassic、としばらく二台を使い分けていたのだけれど、買ってから二年目で、classicは壊れてしまった。わたしがしょっちゅう落としていたからだと思う。あの頃わたしは、首から音楽プレイヤや携帯電話をぶら下げるのが嫌いで、そんなダサいこと絶対にごめんだと思っていたから、classicをポケットや鞄に入れていたのだけれど、うっかり取り落としてしまうことがよくあった。どこかにつないでおけばそんなことはなかったのに。とにかく、classicは壊れてしまって、近くにアップルショップのないわたしには直すことも面倒に思えて、結局、捨ててしまった。
 それからしばらくは、shuffleの中身を毎日入れ替えながら生活していた。充電器が壊れたので、もう一台shuffleを購入して、それからは二台のshuffleを使い分けて、でもやっぱり毎日中身を入れ替えて、聞いていた。白のshuffleと、紫のshuffle。
 面倒に思いながらも、新しいポータブルプレイヤを選ぶのが面倒で、しばらくはずっと二台のshuffleで生活していた。でもやっぱり、持っている音楽ぜんぶを入れられるようなプレイヤが欲しい、と思っていた。仕事の帰り、なんとなく入ったヤマダ電機で、目に入ったのはウォークマンだった。iPodはふつうの電機屋さんでは修理を断られてしまったという不便さから、もう買う気がなかったので、次に買うならウォークマンだな、とはなんとなく思っていた。説明を読んで、店員さんにもあれこれ質問した。そして、手が届く値段だったので、その場で決めて購入して帰った。それがいま使っているNW-A847。色は黒。
 帰宅して、早速パソコンに入っている音楽をすべて入れた。気に入っているヘッドフォンをつないで聞くと、iPodより音がクリアでわたしの好みにあった。年を取って恥の概念がどんどん曖昧になっているわたしは、平気でそれを首からぶら下げて、音楽を聞いている。
 数週間後に、パソコンが壊れた。ウォークマンを買っていてよかったと心の底から思った。
 持っていたネットブックにはCDドライブがついていなかったので、外付けのものを買って使っていたけれど、それも先日、壊れてしまった。いい加減パソコンを新調しようと思っているので、もう一回外付けのドライブを買うのもばかばかしい。そこで、それまでのつなぎとしてCDウォークマンを買った。D-EJ002。色はピンク。安かったしデザインがかわいかったから買ったのだけれど、使ってみたら、ディスクを換えるという行為がなんだか新鮮でしかしどこか懐かしく、使用頻度がずいぶんと高くなっている。
 ここさいきんよく聞いているのは、LAMA「NEW!」、Lyu:Lyu「プシュケの血の跡」、Aureole「Imaginary Truth」、エレファントカシマシ「MASTERPIECE」。どれもすごく好きで、ディスクを換えることも楽しい。ディスクを換えることは楽しいけれどやはり面倒なので、一回換えるとそのまま五周くらいは聞くことになる。歌詞カードを眺めながら聞いていると、そういえばこうやって、わたしこうやって、全力で走っている最中に必死で呼吸をするように、そんな切実さで、音楽を摂取していたのだ、と思い出す。それは今も変わらない、けれど、ディスクを換えるという行為がどこかストイックな儀式のように感じられて、なんだかくすぐったい。
 いま発売を待っているCDは、Plastic Tree「くちづけ」と、lynch.「INFERIORITY COMPLEX」の二枚。ピンク色のCDウォークマンに、そのディスクをかちりと填める瞬間が、楽しみ。

 このあいだ引っ越しをしたのだけれど、わたしはほんとうに整理整頓や掃除や荷造りが苦手だ。前の部屋を片づけるのも友だちに手伝ってもらった。今の部屋はまだぜんぜん片づいていない。片づかない理由はわたしが整理の途中で本を読みだしてしまうからで、今日は朝からがんばるぞ、と思っていても、いつの間にか日が暮れている、ということがたびたびあった。そういうときは、たいていそこで諦めてしまって、お酒を飲みだしてしまうので、ほんとうに片づかない。
 そうやって久しぶりにいろんな本を読んだのだけれど、その中の一冊が「パン屋再襲撃」で、わかっていたけれどほんとうにくだらなくて笑ってしまった。わたしは春樹の小説の中では「パン屋再襲撃」がいちばん好きで、何回読んでもにやにやしてしまう。真剣な解釈をするひともきっといるだろうけれど、わたしにはこの小説がギャグにしか思えないし、ギャグとしてとても愛している。
「どうしてこんなことをしなくちゃいけないんですか?」と女の子が僕に向かって言った。「お金を持って逃げて、それで好きなものを買って食べればいいのに。だいいちビックマックを三十個食べたって、それがいったい何の役に立つっていうの?」
 僕は何も答えずにただ首を横に振った。
「悪いとは思うけれど、パン屋が開いてなかったのよ」と妻がその女の子に説明した。「パン屋が開いていれば、ちゃんとパン屋を襲ったんだけれど」

 ギャグだ。
 同じ短編集におさめられている「ファミリー・アフェア」も好きで、職場で休み時間に読みながらにやにやしていたら、後輩に「春さん、きもちわるいです」と言われ、先輩に「春ちゃん、きもちわるいで」と言われた。
 ほかにもいろいろ読み返したのだけれど、やっぱり自分の所有している本はいいな。所有しているということは好きで買ったということだから、わたしが所有している本ならば、すべてわたしにとっておもしろい本なのだ。当たり前のことだけれど、蔵書をひっくり返しながら、そんなことを思った。
 楠本まきのKissxxxxも読み返した。読み返しながら、これまで幾度となく思って、これから先も思い続けるだろうことを思った。この世界がきっと一生わたしの心象風景で、永遠に憧れ続ける手に入らない理想だろう。
 二週間くらい前に髪を切ったのだけれど、そうしたら髪を切ったカノンと似た感じになったので、嬉しく思って、嬉しく思う自分を微笑ましいと思った。そういえばわたしは昔、織る子さんになりたかったな、とか、そんなことを思い出した。
 さいきん買っておもしろかった本は、山崎ナオコーラ「「ジューシー」ってなんですか?」で、ここ二年くらいずっと考えている「書きすぎないこと」で構成された小説だった。わたしはしばらく、削ぎ落とされた文章に憧れて、自分なりになんとかしてみようと思ったのだけれど、結局のところわたしはひどく饒舌で押しつけがましい女で、それがわたしの文体の本質であるようだ、という結論に至ったので憧れたものになることはできないのだけれどでもやっぱりそういったものを読むことは好きだな。あとは川端康成「乙女の港」も読んだのだけれど、あれはおもしろくなかった。文章はきれいなのだけれど、「ふうん」という内容だった。昔からライトノベルはあったのだな、と思うと、それはちょっと興味深い。
スポンサーサイト

わたしの倫理、檻、あるいは知らない神さまの定義

 要するにあの程度の男から、俺でもやれそうな女だと思われているのだ。複数回かかってくる電話や、哀れっぽい声、声高に糾弾する対象がいなければ自己を保てない程度の精神。そのすべてがわたしをうんざりさせるというのに、どうしてあの男はわたしを放っておいてくれないのだろう。さっさと死んでしまえばいいのに。黒豚のような男の皮を剥ぐ想像をする。あの男の皮膚を剥げば、まさしくボンレスハムとしか呼びようのない肉塊が現れるだろう。きたない。今日のわたしの言葉はきちんと決定打になっただろうか。もしこれでもなにも理解していないのだとしたら、あの男は白痴に違いない。貴様は貴様の嫌っている男にそっくりだ。それを理解しているのか。していないのだろうな。わたしは、わたしのことを好きなわたしの嫌いなやつと、わたしのことが嫌いなわたしの嫌いなやつならば、後者の方が、すこしは親しみを持てる。殺してしまいたい。殺してしまいたい。殺してしまいたい。殺してしまいたい。誰かに必要とされることはすばらしいことだなんて、どこの糞が寝言をほざいた。他者に自己を負託しなければ生きられないような人間の言葉は、すべて地に落ちて唾や吐寫物や排泄物と一緒に踏みにじられてしまえばいい。わたしの倫理が許すなら、いますぐおまえを殺してやるのに。

うなづくだけでいいの

ずいぶんと気持ちが落ちているけれど理由がわからないからいやだ、生理はまだだし特になにかあったわけではないし仕事はふつうだし、滅入る要素はいまわたしの周りにはないのに、ずいぶんと沈む、理由がわからない、いやだ、泣く理由がないから泣けないしだから本を読んで泣こうかなと思うけれど泣きたい理由もわからないのに泣くための手段を探すのはなんだかばかばかしいし、いやだ、すきな彼女に電話したいけれど意味もなく不安になったからと言って電話ができるような距離感ではないのでむりで、鬱々とする、飲みにならいくらでも誘えるのになあ、心臓が重い、どうしてこんなにも頭が痛いのだろう、わからない、もういいかなっていつもとおんなしように思うけれど、いつもより少し近い、わたしに近い、わたしの中心に近い、肉薄している、でもよくはないよ、わたしは自由ではないし、いやだ、なにもしたくない。

かわいいの下の死骸

 あの子ほんとうにかわいい、言いながら彼女は笑う。目を細める。わたしはそれに気がつかないふりをする。彼女もそれ以上くり返しはしないので、会話はいったん途切れる。わたしは、かわいい、と発するときの彼女の心情のことを考えている。彼女の感情を解剖したい。かわいいと呟く彼女の中身。そこにはどれほどの嘲笑が含まれているのだろうか。そこにはどれほどの殺意が含まれているのだろうか。それとも、健全な精神を持つひとの内側には、そんな感情は存在しないのだろうか。かわいい。かわいい。かわいいね。あざ笑って憎んで侮って、愛する。
 考えごとをしていると、こめかみがしくしくと痛むし、喉と心臓に錘をつけられたように息苦しくなる。考えごとは、ほんとうはあんまり、したくない。そうやって願いながら生活を消費してきたから、最近では考えないことにも慣れてきたように思う。それでもやはり、すべてを放棄することはできない。わたしは物体になりたい。でも、生きている限り物体にはなれないから、こまる。かわいいね、と笑う彼女の心を、分解して分析してごみ箱の奥に捨てたい。
 昨今の女はなんでもかんでもかわいいと表現するから困る、と上司が言う。そうね、と思う。かわいい、という言葉は感情に対して非常に寛容で、どのようなものでも大概受け入れる。だからなにを感じても、かわいい、と呟くだけで、たいていは事足りる。不明なものはいつだってこわいから、わたしたちはどんな感情にも名前をつけて安心しようとする。かわいい、のラベルはどの感情にもぴたりと吸い付くから、仮のインデックスとしてはすごく便利だ。そして無数の説明しがたい感情どもは、ひとつひとつをきちんと掘り下げられずに、かわいい、の仮インデックスをつけたまま、ただ積み重ねられてゆく。わたしはどんどん、言葉に対して怠惰になってゆく。伝えようとすることを前提としない発言。理解しようとすることを前提にしない相槌。
 説明しないことを責められることがあるけれど、だって、説明したって仕様がないじゃないか。あなたたちはそれを理解しない。解そうともしない。どれだけ言葉を尽くしてもあなたたちには届かない。届かなかった言葉は落下して粉々になって死んでしまう。かわいい、呟いた言葉の詳細をあなたたちには提示しない。叩きつぶされた言葉と感情の死骸を見るのはもうたくさんだ。わたしは説明をしない。かわいい、呟いて、お仕舞い。そしてどこへもいけなかった感情たちは、言葉にされることのなかった感情たちは、わたしの内部で膿んで腐ってゆく。語ろうと語るまいと、いずれにしても、死骸になってゆく。

いくつかのレシピ

 髪を切った。髪というものはとてもよいシステムだと思う。切ってもまた伸びるのに、切るとひどい喪失感がある。定期的で安易な自殺に向いている。
 美容室にはどうしてか至るところに鏡があるから、自分の姿を強制的に見せられ続けて目がくらむ。自分の姿なんてほんとうは一生目にしないで生きていければいいのに、だって自分の姿なんてふだんはどうしたって見えない、のだから、見る必要なんてない、のに、美容室ではどうしたって見ざるを得ないからだから目がくらむ。
 先週の土曜日にちがう美容室でパーマをかけたのだけれど仕上がりが気に入らなかった上に美容師がため口でしつこく話しかけてくるので鬱陶しかった上にシャンプーもなにもかもがへたくそで肩が非常にこった、上に自分の顔を三時間も見続ける羽目になったのでずいぶんとうんざりしていた。わたしは自分の顔がきらいだから毎朝顔を洗うときも化粧をするときもできるだけ細部に目を配ってわたしの顔というものを認識しないように生活しているのだけれど三時間も鏡を見続けていたらそういった逃避も続けられない。強制的に認識させられるわたしの顔は肌が荒れていて目の下にくまが出来ていて豚のように横に広がった鼻が見苦しく、肉肉しい。ぶさいくの標本としてどこかに吊るしてあげたいと思う。睨み付けると、鏡の中の豚が、ひどい顔でこちらを見ている。
 きもちのわるい野暮ったいパーマがかかったせいで毎朝顔を洗うときにも自分の顔を意識してしまう。鬱陶しい。毎朝気がついてしまう。わたしは醜い。もっとわたしはわたしの細部のことばかりを気にして、わたしの容姿に無頓着でいたい。輪郭をなぞることばかりに必死でいるべきであって、輪郭自体を俯瞰するようなことがあってはいけないのだと思う。鏡を見る。こちらを見ている。目を伏せる。
 美容室に行った三日後にまたちがう美容室へと行ったことは初めてだ。
 すっきりした。
 余計なものを削ぎ落として、少しだけ身軽になる。伸ばしたものは切ることができる。わたしであったものをわたしで亡くすための鋏、切り落とされたもの。緩慢な自殺、イニシエーション。
 知らない。

 憎しみで目がくらむ。獲得しなければ、と思う。

ラフライフ

 時差がある。
 訂正したくない。
 置いていかれたい。わたしの内部を蹂躙して、そしていなくなってくれ。

 ◇

 いやよ。いや。いや。前向きになんかなっちゃだめ、世界になんて歩み寄らないで。できないと思ったことはできないままでいいから、正しいひとみたいな顔つきを真似るのはよそう。間違っていたいの。誰かに非難されたいの。そして怒られたり軽蔑されたりしながら、その他者から雫れ落ちた負の感情でわたしはもっともっとおなかいっぱいになりたい。満たされたい満たされたい満たされたい、満たされたい。おなかがすいているの。
 南Q太のマンガのひとつに、ユカさんっていうきれいなオカマのひとが主人公の一遍があって、わたしはそれが大好き。ユカさんはぷんすか怒りながら「腹が立つととおなかがすくわ」と言いながらコンビニでお弁当をたくさん買う。そうなの。そうよね。腹が立つとおなかがすくわ。わたしは昨日、おなかがすいて仕様がなくて、ぐちゃぐちゃに泣いて怒った顔をあまり取り繕えていないまま、ケーキ屋さんでケーキを買ってお弁当屋さんで唐揚げ弁当を買った。家に帰ってむしゃむしゃ食べて、また頭にきて泣けてきて、怒りながら、お弁当を食べた。食べているのに、いままさに食べているのに、進行形なのに、おなかがすいて仕様がなかった。咀嚼する。咀嚼。咀嚼。かみ砕かれたお肉たちが、わたしの胃袋をぱんぱんにしてゆく。うう、いやだなあ。胸焼けするなあ。胃袋が重いなあ。おなかすいたなあ。
 佐川さんに申し訳ないことをしたな、と思う。きのう荷物を届けてくれた佐川急便のお兄さんは、わたしがまさにぼろぼろのぐちゃぐちゃに泣いているときに荷物を届けてくれたものだから、びっくりして、だいじょうぶですかだいじょうぶですか、何度も訊ねてきた。声というよりは音というべきものしか口から吐き出せないわたしは、黙ったまま、たくさん頷いて、重い荷物を受け取って、お兄さんが差し出した紙にサインをした。申し訳ないことをしたな、と思う。わたしだって、仕事で会いに行った人が、いきなり泣きまくっていたら、すごくいやだなあと思う。自分は悪くないのに、なんだか悪いことをしたような気分になる。それはテロルだ。ごめんね。ごめんね。わたしは災害のようなおんなだ。だから我慢していたのに。しくじった。しくじった、う、う、う、うわあああん、し、し、し、しくじったよう。うえええーんって泣きたい。でももうきのうたくさん泣いたし、もう我慢するの。頭痛くなるし、目もしょぼしょぼするし、楽しいことはないもの。そう、楽しくいたいの。わたしはいつだって楽しくいたい。楽しくいたいから、やめたのになあ。わたしの感情は文字の中にだけ住んでいればよくて、わたしの肉体には必要がないの。他人の感情はこわい。感情を剥き出しにして生きているひとは歩く災害、テロル、人殺しの弾丸、そうでしょ。だからやめたのにあたしやめたのにそれはやめたのになあ!えっとね、うんとね、だからね、つまりね、職場の同僚と大喧嘩したの。しかも宴会のときに。いやだなあ。お酒をおいしく飲まないなんて、わたしの人生に対する冒涜なのに、わたしがわたしの人生に対して冒涜で、どうしよう。ああ、困ったな。わたしの言葉なんて、わたしの感情なんて、わたしの肉体には必要がなくて、働いてお金を稼いでいるわたしにはわたしといういきものの内実なんていっさい関係がないのにやってしまった。怒ってしまった。しくじった。わたししくじったわ。かなしい。
 けさ、先輩に、春ちゃんも怒るんやね、初めて見たわ、と言われた。ええ先輩わたし怒るんですだいたいいつも怒っているんです腸が煮えくり返って頭が沸騰してこめかみが痛くなってあらゆるすべてのものの口に手を突っ込んで内臓を引っ張りだして引きちぎってやりたいと思っているくらいにだいたいいつも怒っているんですでもね、そんなわたしの感情はわたしの生活や他者の生活に損害を与えるのでこの子は文字の中にしか存在してはいけないことにしたの。わたしの怒りを知っているのは文字、この柔らかなあるいは硬質な線の連なりによって音と意味を為すふしぎな形、だけ、にすべてを任せてわたしの肉体からは乖離させることにした。ねえ、感情は、テロルだ。文章を書くわたしを知っているひとはわたしがだいたいいつも怒り狂っていることを知っているけれど文章を書くわたしを知らないひとはわたしがだいたいいつも怒り狂っていることを知らない。ジーザス、これは生きるための手段なのよ。だってわたしは、皮膚の内側でぱんぱんに膨らんでたぷんたぷんと波打っている感情どもは、それだけで作られたへんな形のいきものは、わたしは、わたしのままではあまりにも生きることに向いていない。
 どうして我慢できないんだろう。おなかがすくの。おなかがすくの。おなかがすくの。地団太を踏んで泣き喚いている子ども、きみの名前をあたし、知っているよ。ずっとそこにいるよね。ずっと怒っているのだよね。かなしいのだよね。いいよ。ここにいていいよ。わたしはきみのことを書いてあげる。そうしたらきみはどこにもいない誰にも気づかれないものではなくなって、世界にひっかき傷くらいはつけられるかもしれない。だからね、書いてあげるからね、こちらに来てはいけないよ。」という約束、
、は常に守られない
 わたしがわたしにしてあげた約束をわたしが破った場合は誰が傷つくのだろう。こめかみが痛い。泣くのはいやだあ、おなかがすくもの。頭が痛くなるし、顔もぐちゃぐちゃになる。口内炎が痛い。この前、歯医者さんに行ったら、虫歯の親知らずを抜きましょうねと言われた。はいと頷いた。虫歯の親知らず。歯を抜くのは痛いだろうか。痛いのは嫌いだから、いやだなあ、でも抜かなくても痛くなるのなら抜いちゃった方がいいなあ。わるいものは捨ててしまえよ。それはもういらないものだ。まだ痛くない歯を、指で撫でる。ざりりとする。それは他の健康な歯の感触と違う。ざりり。黒い色でわたしの歯を溶かして食べてしまっている。虫歯。まだ痛くないなあ。虫歯じゃなくて、口内炎が痛い。三十分間ぼうとしながら歯を磨いていたら、また歯茎から血が出た。歯医者さんが言うには、これは歯肉炎という病気だそうだ。病気だから治しましょうね、と歯医者さんが言う。間違った状態を改善して正しい状態に戻しましょうね。健康になりましょうね。目を瞑る。わたしは考える。ヘルシーな生活。ヘルシーな人生。heltyはhell seeだ。syrup16gのアルバムのことを考える。わたしの中のわるいものたち。「病気だから治しましょうね」。歯医者さんが言う。
 きみも怒るんだね、という言葉は、今朝すでに三人のひとから聞いた。怒らないひとだと思われているのだ。つまりわたしは成功していた。安堵する。胸をなで下ろす。きのうは失敗、失敗失敗失敗してしまったけれどまだ一回だからだいじょうぶだ。きちんと仕舞っておこう。またバカみたいににこにこ笑って穏やかに生活を積み重ねて行かなくちゃ。喧嘩をした彼にもにっこり笑って謝ろう。ごめんね。きみを抉ってごめんね。きみを泣かせてごめんね。理解し合う必要などないのだから争う必要だってない。わたしの感情を見せてごめんね。謝るから、もう二度とあの子を引きずり出さないで。きみの感情など見たくもないの。殺したくなるだけだもの。

 わたしはわたしに正当性のないことをもっと自覚しなくてはならない。わたしはわたしに正当性のないことをもっと自覚しなければならない。わたしはわたしに正当性のないことをもっと自覚しなければならない。わたしはわたしに正当性のないことをもっと自覚しなければならない。

 怒ってはいけない。怒る必要はない。文字で囲って閉じこめておきなさい。檻に入れてたいせつに飼うのよう。わたしの大切な大切な生涯の伴侶。憎悪。わたしは嫉妬深いので、この子は誰にも見せてはいけないのだ。閉じこめて閉じこめて誰にも見えないようにして、文字の中でだけ飼い馴らし、肉体はきちんと正しいふりをしろ。
 笑え。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。