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365以上のカウント

 三週間くらい前にポメ子で書いたんだけどアップするの忘れてたよー。

 *

 いつの間にか年が変わっている。年を越すということの特別さがあんまり理解できないわたしは、でも、年末はいろんな楽しいイベントがたくさんあるから好き。カウントダウンとかすっごく楽しいよね。みんなでわいわい騒いで、意味もわからないままハイになって、大きな声ではしゃいでいると、特別さが理解できない年越しもなんだかとっても親しみがもててすてき。だからわたし、去年(そう、もう、去年だね)もカウントダウンに行くつもりだったの。でも行けなかった。家庭の事情というやつです。そんなわけでわたし、2012年から2013年にかけて、実家でおとなしく過ごしたのでした。ひさしぶりに紅白歌合戦なんか見ちゃって、それはそれでわるくなかったな。もうやだけど。

 もらった花が枯れた。わたしの誕生日は十二月にあるのだけれど、その日、不動産屋さんが花をくれたのね。赤い花だった。わたし、もらったときはどうしてかガーベラだと思ってすごくはしゃいだのだけれど、数日後にふと見たら、ぜんぜんガーベラではなかった。どうしてガーベラだと思ったんだろう。ガーベラがほしかったからだろうな。誕生日前の数日、わたしは横浜駅の花屋でガーベラをずっと見ていた。
 そう、そして、もらった花は、枯れた。枯れたの。鉢でもらったんだよ、その花。赤い花。いちおう水なんかあげちゃってね、日の当たる場所に置いちゃってね、それなりに手をかけたのだけれど、先日、花は枯れました。枯れた花は汚いね。醜いね。だから可燃ゴミで捨てました。半透明のビニル袋に透けて見える茶色い物体、かつて命だったもの、元・花。わたしの部屋はしばらく植物のあった気配を漂わせ、残滓、しかしそれもすぐ消え去る。
 そして花をもらった記憶だけが残る。

■行ったライブのメモ

20121223 水中、それは苦しい20周年&ジョニー大蔵大臣40歳スペシャルバースデーライブ@O-EAST
桜井さんと渋谷で待ち合わせをして、マメヒコでコーヒーを飲んだ。桜井さんはクリームが乗っかってるコーヒーを飲んで、わたしは浅煎りコーヒーを飲んだ。深煎りにしておけばよかったな、と思った。まんなかにクリスマスツリーのある大きなテーブルでコーヒーを飲みながら、ずいぶんいろいろ話したと思うけれど、内容はぜんぶ忘れた。たぶんくだらないことをたくさん話したと思う。くだらないことを話せるのはいいことだし、くだらないことを話せる相手は、いいね。
「どうせすかすかだから」と完全にたかをくくって開演ぎりぎりにO-EASTに向かう。我々の予想は間違っていなくて、EASTは空いていた。でも、今まで見たことないくらい空いている、というほどでもなかった。いつだかの凡庸もこれくらいだったと思う。椅子が出ていたので椅子に座る。開演前は、水中、それは苦しい、の歴史を振り返る、という言い方をしていいのかどうかはわからないけれどとにかくそういう映像が流れていた。あまりにもバカバカしくて、たくさん笑って、おなかが痛くなった。ばかー。
忘れらんねえよと大森靖子と水中、それは苦しいがよかった。他はそれなりに笑ったり興味深く見たりしたけれど、そこまで引っかからなかった。あ、ジョニー大蔵大臣のお父さんの、ロマンス大蔵はすごくおもしろかった。あからさまに種のわかる手品を嬉しそうに披露するだけなのだけれど、どうしてか見ているこっちまで嬉しそうな顔になってしまって、あれ、どうしてだろう、どうしてわたしはいま嬉しそうな顔をしているのかな、あっ、もしかして、わたしいま、嬉しいのかな?!というふしぎな感覚に陥って、ふしぎだった。すごい。
忘れらんねえよは名前だけ知っていて、最近よく見るし、名前も気になるし、観たいなあ、と思っていたので、観られてよかった。すごくいいバンドでした。荒削りなのにへたくそじゃないし、気持ちわるいのにかっこよかった。MCで、他人からかっこわるいとかばかみたいと嘲笑されるようなことを、愚直にやるジョニーさんはかっこいい、すげえ、という主旨の話を気持ちわるくかっこよく話していて、気持ちわるくてかっこよかった。客はそのMCの途中まで笑っていて、冗談だと思っていて、貶し愛のようなものだとみなして聞いていて、それなのに途中から誰も笑えなくなったのは愛を尊敬を本気で真剣に叫んでいるからだと理解できたからでそれは決して美しいことではなかった、空気を読めないということと同義だった、笑い話だと思ってきいていたら真剣に言っていたよ、と光景は日常にもまれに見られるものだと思うけれど、それはたいていとても気まずい、言った方も言われた方もとても気まずい、ことなのに彼らは気まずさなんて見せずに語りきってそれを表明した。わたしはそういう人が好きだ。わたしはそういう在り方を、とても尊く思う。ばかみたいだと笑って転げて、大声で泣きたい。
大森靖子はyoutubeで動画をいろいろ見ていて、もともと好きだったので、ライブも楽しみだった。このイベントは、メインステージとサブステージを交互に使用することで転換の時間がぐっと短くなって非常にテンポのよいイベントだったのだけれど、ギター一本で歌う大森靖子はサブステージだったので、下手の椅子に座っていたわたしたちから彼女は遠かった。それまでわたしの隣におとなしく座っていた桜井さんは、大森靖子が出てきたとたん、「え、サブステージ、困る」と呟いて椅子から立ち上がりすうといなくなってしまった。サブステージのある上手側へ去ってしまったのです。荷物そのまんまだし席からいなくなるとやばいかな、と思ったのですが、わたしも立って、もうちょっと広いところで観たかったので、狭い間隔でパイプ椅子が置いてある椅子スペースから離れて立って観ました。が、置いてきた荷物が気になって仕様がないので、十秒に一回は振り返る、という落ち着きのない有様でステージを観ていたよ。あやしい。しかし、十秒に一回後方を振り返りながら観ていても、大森靖子はすごかった。かわいくて、凄みがある・の方の意味で凄くて、こわくて、かなしくて、でもやっぱり、かわいかった。ギターを掻き鳴らしながら「音楽は魔法ではない」と絶叫する彼女を観られたというだけで、なにもかもが満ち足りて、同時に奪われてしまったような気がした。
それからいくつかの人や集団を観た。どれもそれなりに興味深く観られた。それなりに、の内訳は、そのひとたちを求めて別のライブに行ったりはしなけれど、このイベントに退屈してしまうような鈍重さはなかったし、ふだん自分がもとめて触れあわない世界の新鮮さに触れられた、という意味。唯一、途中でやったマキタスポーツは、うまかったし、それなりにおもしろかったのだけれど、わたしはバンギャルなので、途中で怒ってしまって、ちゃんと観られなかった。むかしからカテゴライズが嫌いで、特定のなにかを(個人にしろ集団にしろジャンルにしろ、人を内包するなにか、のこと)を嘲笑することで笑いを得る、というスタイルが大嫌いなのだけれど、彼らはその形であまりにも洗練され過ぎていて、大衆を笑う様があまりにも大衆的で、わたしには無理だった。うまいし、言いたいことはわかるけれど、あらゆる事柄の表層しか舐めていないという有りようが、不様で惨め、そのくせ反り返る背、にたにたといやらしく垂れ下がる唇、その光景が、気に食わなかった。内実を知らずに、表層をなぞり、ただ嘲笑する、その在り方が、醜かった。具体的でしょぼい言い方をすれば、ビジュアル系=耽美って九十年代かよ、というはなし。新しいなにかを吸収する気力も、意欲も、力もなく、ただ違うなにかを嘲笑することでしか自身を表明できない醜さ。とてもテレビ的なおもしろさだな、と感じられた。要するに、わたしが子どもなんだろう。
水中、それは苦しいはとてもおもしろかった。わたしは三角みづ紀さんのライブを観る過程でジョニー大蔵大臣を知り、とても好きになり、たまに観に行っていたのだけれど、それはいつも彼がひとりで歌っているときで、バンドで演奏しているときではなかった。「水中、それは苦しいのボーカルのジョニー大蔵大臣」は観たことがあるし好きだけれど、「水中、それは苦しい」は観たことがなかった。それはわりと歪な、そしてよくあることだ。わたしね、水中、それは苦しいを観て、あんまり好きじゃなかったらソロより好きじゃなかったらどうしよう、とけっこう心配していた。でも、水中、それは苦しい、の質感は、ジョニー大蔵大臣のソロと、まったく変わらなかった。それがいいことなのか悪いことなのかはわからないよ。わたしはバンドが好きで、バンドをずっと観てきたから、それは一概にいいことと言えないだろう、と思う。それぞれ違う個性がより集まって、殺しあったり、妥協したりしながらひとつのものが形成されるその過程で、瞬間、ある瞬間、だけ、に、決して他では表現しようもない美しくそのときだけしか存在できない刹那的なものが生まれそして死ぬ、というところがバンドの美しさだと、わたしは思っている。だから、特定のひとりと、代わり映えのしない匂いしかしないバンドなんて、あんまり興味ないのだ。ワンマンバンドは、つまらない。それがわたしの基本姿勢だ。だから、水中、それは苦しいのライブが、ジョニー大蔵大臣の弾き語りと同じように楽しめた、ということは、ほんとうはちょっと、せつない。もっと違うなにかが観たかった。もっとちがうなにかとはなんだ、と問われても、返す言葉はなにひとつ持たないのだけれど。
 しかし、なんにせよ、おもしろかったよ。
 アンコールの頃には、終電がなくなってしまいそうだったので、わたしは桜井さんにさよならを言って、ライブが完全に終わる前に0-EASTを出ました。冬の渋谷は、とても寒かった。

20121228 Plastic Tree「hide and seek追懐公演」@TOKYO DOME CITY HALL
2012年12月12日に発売されたPlastic Tree「インク」があまりにもよかったせいで、あれ以降ずっとテンションがおかしい。以前感想を書いた「インク」の初回得装版についているPlastic Tree 1stアルバムhide and seekの再録版は、もうほんとうに、めちゃくちゃいい。もちろん誰もが同じように美しいと感じる音楽などないし、わたしの友だちは「攻撃的すぎてプラっぽくない」と言っていたから、わたしにとって、という意味だけれど。
「hide and seek」はわたしにとって、そこまで特別なアルバムではない。わたしがPlastic Treeを好きになったのはシロクロニクルとcell.の間の時期だし、初めて聞いた曲はプラネタリウムだし、初めて好きになったアルバムはpuppet showだった。hide and seekは様々な種類の曲が入っているけれど、どれもアレンジがマニアックで、録りの状態もよくなくて、聞きづらい。ジャケットも変だし。でも、メロディが好きな曲はあった。水葬。と、hide and seekだ。そのふたつはわりと聞いていた。でも、他の曲は、そうでもなかった。歌詞はどれも濃密で大好きだったのだけれどね。
だけど再録版は違った。
昔からのファンの人は怒るかもしれないけれど、わたしはこのRebuildを経て初めて、スノーフラワーやまひるの月、クローゼットチャイルドやエーテルノート、そういった曲たちの良さに気がつけた。
追懐公演は、hide and seek Rebuildをほぼ順番通りに演奏した。最初と最後にhide and seek #3を配置した以外は、完全にCD通りの曲順だった。
美しかった。
他にどんな表現もしようがない。美しかった。
hide and seekを演奏しきったあとに鳴らされた、Sinkも、ロケットも、トレモロも。
美しかった。
ま、だからこそ、アンコールでのアキラの「心が疲れた。」発言がとってもおもしろかったんだけどね!
「心が疲れた。当時のように持ち場からまったく動かずに弾いた。そうやって笑うけどね、おまえらが文句を言ったんだよ。にこにこしながら弾いてたら、プラの世界観に合わないからやめてくださいって。おーおーだったら完璧にやってやろうじゃねーか、アートロック表現してやろーじゃねーか、ということで、ああいうスタイルになったの。それはそれでよかったよね。でも、いまやると、心が疲れた。」
的なことをナカヤマさんは言っていました。あはは。

20121229 ゆくプラくるプラ@TOKYO DOME CITY HALL
いつも2daysは二日目だけ行けばいいや、と思っているわたしですが、新アルバム「インク」がめっちゃよかったのと、「初日と二日目はぜんぶ違う曲をやる」という事前情報ゆえに、2012年は年末公演二日間のどちらも行きました。
結論から言うと、とてもよかったです。
てゆうか、白状すると、ライブ本編のことはあんまり覚えてません。
珍しくいい整番で観られたので、上手二~四列目あたりでナカヤマさんをガン見していたのですが、つまりわりとよい環境でナカヤマさんの指や足を観られたのですが、その記憶もあんまりありません。
ナカヤマさんの記憶を塗りつぶして抹消した犯人は、ナカヤマさんその人です。ナカヤマさんのMCがもうね。
「ミュージシャンの仕事なんてたかが知れていて曲を書いて君たちの前で演奏するくらい、だけどそんなことを十五年も、三度の飯もまともに食えないような連中が十五年も続けてこれたのは本当に君たちのおかげです、ありがとう」
こんなこと言われても、他の人ならね、別になんとも思わないの。でもね。
詳細を語ると気持ちの悪いことになるので出来る限り割愛しますが、これまでずっと冷めていた、世界も自分も嘲笑って冷めていたあの人が、十五年も続けてこれたのはあなたたちのおかげですありがとう、なんて言葉を言うなんて。笑いも茶化しもせず、そんな言葉を言うなんて。言ってくれるなんて。バンドを続けてよかった、なんて発言を、するなんて。わかんない。ぼろぼろ泣いた。あたしはあの人が好きなのだ。あの人が、そんな言葉を言ったのだ。いいことなのかな。わるいことなのかな。わかんない。嬉しいのか悲しいのか判別がつかなかった。ただ、なにかが変わったのだ、それだけは理解できた。
わたしがバンドを、無数の音楽の中でもバンドを、特別に好きでいるのは、こういった瞬間があって、なおかつその瞬間が如実に音に反映されるからだ。
いまのPlastic Treeは、これまでのPlastic Treeの歴史の中で、もっとも懐かしくもっとも新しい、ふしぎな形で鳴っている。そのことが嬉しい。むかしを懐かしむ気持ちはあっても、惜しむ気持ちはない。知らないところへ連れていく、思いもかけない場所へと飛んでいく、ただその瞬間にしか存在しない力が、わたしは泣きたいほどに好きだから。
その力は、決してひとりでは、生まれない。ひとりの思想や信念では生ま得ない、捻じ曲がって美しくない、相反した、乖離した、矛盾した、それゆえに一筋縄ではいかない他の誰にも再生できないその一瞬しか存在しない唯一無二の、瞬間の絵画だ。

※これが出来る限り割愛した結果の文章です!本気で語ると相当気持ちの悪いことになる!

20130111 DEAD POP FESTiVAL 2013@O-EAST
lynch.とねごととSiMが目当てだったのだけれど、ねごとはベーシストの子がインフルエンザにかかったらしくてキャンセルになった。せつない。
最初のバンドがよかったな。たぶんcountry yardっていうバンド。曲ぜんぜん知らなかったけど、楽しかった。
lynch.はアイムシックとアンノウンとパルスをやってくれれば満足なので、やってくれて満足だったけれど、イベント的には負け組だったんじゃないかな。
シークレット(だよね?少なくとも事前告知はなかった。口コミで予想はされていたみたいだけれど)で出たMan with a Missionはめっちゃ楽しかったー!暴れ始めしちゃったよ。疲れてたから後ろで観ようと思っていたのに、思わず前につっこんじゃった。踊って回っておおはしゃぎして、すごーく楽しかったです。
SiMは後輩が好きで聞き始めたバンド。ライブは初めて。ライブで観てもかっこうよかったけど、たぶんもう行かない。かなりレゲエノリなライブだった。レゲエは、その思想に不快感を覚えてどうしようもないので、片鱗に触れるだけで吐き気がするのだ。音楽単体だったら平気なのだけれど、それに触発されて喜んで踊っているひとたちを観ると、無理なのかもしれない。

20130112 master+mind presents【Rock is Culture 2013】~combination~@LOFT
まゆさんと一緒に行く。目当てはDISH。知らないバンドばかりだったけれど、とても楽しめた。「どうだろう」と思ったバンドもいくつかあったけれど、基本的には粒ぞろいで、おもしろい。さすがLOFTセレクトだなあと感心した。DISHは去年音源を聞いて好きになったバンドだけれど、一回観に行ったライブが微妙だったので、ちょっと間を空けていたのでした。今回観たらけっこう楽しかったので、また行こうと思います。

20130113 THE NOVEMBERS x LILLIES AND REMAINS Presents『 Sigh 』@LIQUIDROOM
とても楽しみにしていたイベント。とにかくノベンバが観たかった。the novembersは一昨年知って聞いて好きになったバンドで、でも都合がつかなくてライブに行けていなかった。今回初めて生で聞いて、思ったより荒かったけれど、かっこよかったので、とても満足。もっと先を見たい、と思わせてくれるバンドだった。
リリーズはノベンバのちょっと前から音源だけ知っていて好きなバンドで、これもすごくよかった。ていうか、うまかった。すごく耳が幸せになるライブをしてくれた。絶対にまた行く。ライブが抜群にいい、このバンド。
アルテリアは、まったく予備知識なしで行った。UKのバンドらしい。音楽も映像もパフォーマンスも好みではなかったのだけれど、退屈させてがっかりさせるようなクオリティではなかったので、興味深く観られた。でもやっぱりあんまり好きじゃないかな。
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