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線路を見る

職場でも出先でも自室でもあの子、遠慮などせずに突然訪れるでしょ。拒否することなどできない、ただ蹂躙されて、思うがまま、やりたいように振舞うあの子を見ているだけ。わたしのプライベートスペースが荒らされているさまを眺めているだけ。飽きたら帰るって知っているから、むりやり帰そうとする努力はもう捨てた。どこまでも一緒に生きていくしかない。あの子がわたしの部屋にやってこないようになるのは、わたしが死んだときだけだろう。結局憎んでもいないんだ。あの子が来ることを待ち望んでいるわたしだっている。あの子のいない部屋でもあの子の存在をどこかで感じ取っている。いつでもどこかであの子のことを思い、惜しみ、もしかしたら誇らしくすらあり、そしてそんな自分を疎んじるところまで含めて、それはあの子の作用だろう。憂鬱という名札をつけているあの子は、また当分背中にへばりついて離れない。それでもそれは、わたしにとって、嘆くべきことではないんだよ。
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秘密を隠す

 出張の前日に、鍵をかけたことを忘れたまま自転車のペダルを思い切り踏み込み、車輪は当然回らず横転し、右の膝に青痣をつくった。右の膝の左寄り、やや内側、小振りの柘榴ひとつほどの内出血。
 初日はそうでもなかったけれど、それは日を追うごとにどんどん鮮やかになる、青や紫や赤、あるいは黒、その入り交じった色彩が、酔いそうなほど強く主張して、わたしの膝は賑やかだった。二週間ほどの出張の間に、色彩は日々変化して、その存在をわたしに誇示した。幸いと言っていいものか、痛みはほとんど感じなかったので、わたしにとってのそれは、ただ色のみの存在だった。コマ送りの映画のように、わたしの膝は、毎日すこしずつ違った様相を見せた。
 最初はささやかな青だった。それが徐々に黒みを帯びていき、黒みを帯びた部分からゆっくりと浸食してゆくように、黒に近い部分から紫、次に青、そうやって出血を理解させる色の面積を増やしていく。キスチョコひとつ程度だった変色は瞬く間に柘榴ひとつまで広がり、青の面積が広がるごとに騒々しい紫や厭らしい黒の面積も広がり、痛みはないのにそれはずいぶんと仰々しかった。
 一週間ほど経つと、ゆっくりと色彩は、引き潮のよう、順々に去っていく。青、紫、黒、と変化していった出血は最後、うっすらと笑むような赤に変わり、そして消えた。水彩のパレットのように、わたしの膝は、めまぐるしく色を変えていく。
 いまはもう、膝の内出血はほぼ完治している。あとはほんの少し、最初のよう、キスチョコひとつの変色を残すばかりだ。色は赤。膝の皺に沿って濃く滲むそれは、どこか擦り傷のように見える。戯れに思い切り強く押してみても、まったく痛まないそれは、造花のように頼りなくて、清潔だ。
 あの日からのめまぐるしい変化も感じさせないほど、うっすらと広がる赤は、結局出張前と同じ面積、ただ色を変えただけ。おとなしく礼儀正しく、たださりげない痣として、取り澄ました顔でおさまっている。この二週間の間、わたしの膝でどれだけの色彩が踊ったか、知っているのはただわたしだけだ。

 *

 極端に卑屈な人とは他者の嗜虐欲を刺激するもので、わたしはいま仕事で関わっている女の子を、いつだって猛烈に虐めたくて仕様がない。身長が低くて、手足は細いのにやたら腹は出ていて、いつも暗い表情、やたら丸まった背。ぼそぼそ喋る声や、自信のなさそうな仕草、そして時折表出する異様なまでのプライドの高さ。それでも口をついて出るのは、わたしなんか、わたしのせいで、ゴミみたいなわたしが。
 わたし自身、基本的に卑屈な人格で劣等感やそれと相反する自己顕示欲に悩まされ、鬱々としている根の暗い人間だけれど、そういったタイプの人間が社会的にどう見られるか、そしてどう消費されるか、ということに対して自覚的でいるので、それを表出させない努力はしている。彼女はあまりそういったことを積極的に考えたことがないのだと思う。他者の精神世界が存在することを、あまり理解していない。
 誰かと手っとり早く打ち解けたい、あるいは打ち解けた風にしたい、と思った場合、その人の望む自己を先に開示する、という手段が有効であるように思う。わたしは業務上、彼女と手っとり早く打ち解けた風になることが、必要ではないものの望ましかったので、そうした。彼女はわたしに対して、他の人よりも親しみを感じてくれたらしく、よく話すようになった。そして彼女は、今日も卑屈な表情で、冗談のように繰り返す。わたしなんか、わたしのせいで、ゴミみたいなわたしが。
 否定されることを望んで語られる言葉の、なんと醜いことか。なんと浅ましいことか。それは卑しさの表出だ。わたしは嫌悪する。わたしは彼女の内実など知りたくないし、彼女の精神的な世界を支える都合のよい手にもなりたくない。自分の世界が守られること前提で他者にそれを見せつける行為は自慰に等しく、気色の悪い、変態的な行為だ。ゴミみたいなわたしが、と彼女が言うたびに、わたしは頷いてやりたくてたまらなくて、ぞくぞくしている。苛立ちながら、殺意すら感じながら、楽しさに似た感情を、持て余している。あなたはどうしてわたしがあなたを傷つけないと思って安堵しきっているんだ?それはあなたが、わたしの発言や行動はあなたの望むものから逸れないと信じきっているからだ。わたしをあなたの世界の構成要素として、それを形成する一手段として、利用しているからだ。わたしはその行為を嫌悪するし、軽蔑するし、あなたのその在りようを醜く思う。しかし現状を覆そうとは思わない。あなたがわたしの世界に関わらずわたしを規定して満足しているように、わたしもあなたの世界に関わらず、あなたを規定して満足しているからだ。わたしとあなたは、これまでにただの一度も、対話をもったことがない。
 この嗜虐欲は自己嫌悪と同じ顔をしている。そのことが余計にわたしを残酷にさせる。彼女の暗い、しかし自己の正当性を信じきって疑わない卑屈な顔に、わたしは笑いかけながら苛立つ。

 *

「根の暗い人間」と打とうとして、タイプミスをして、「ネオ暗い人間」と打った。な、なんかかっこいいよ!
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