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ファラウェイ、ファーラウェイ

どうかなにも考えませんように。すっきりとした頭でなにもかも台無しにしたい。

永遠を約束する、みたいな病気、まあつまり熱烈な恋愛とかのことなんだけど、そういうのが僕は未だによくわからなくって、たくさんのひとが抱いてように思えるパートナーを得たいという願望のこともよくわからなくって、いつもふしぎだなあと思っている。先日、さいきん知り合ったレズビアンのひとと話をしていて、とてもひさしぶりに元カノや元カレといったものの存在を思い出して彼や彼女の話をしたんだけど、そういった話の中で「あなたはパンセクシャルみたいだよね」と言われた。自分ではそう思っていないけれど、あなたがそう思うならあなたにとってのわたしはそれでいいよとも思う。セクシャリティなんてどうせただの記号なので、自分や他者にとって必要なら、必要なときに必要なように認識して情報の整理に活用すればいい。なににも帰属しない、自分を分類できない、ことがむかしはこわかったのに、さいきんはそうでもない。鈍感になったのかな。ラベリングに対する拘りや嫌悪が以前より薄れた気がする。どんなラベルを貼っても中身は変わらないし、ラベルがあろうとなかろうと、どうせ僕はそれを見ないから、そんなもんはどーだっていいのだ。ラベルを貼ったりそれだけでなにかを判断したりすることが好きなひとたちと、なにかを分かち合おう、理解し合おう、とすることをやめたから、楽になったのかもしれない。以前のわたしの方が、たぶん人のことが好きだったんだろう。好きではないひとのことを好きになろうとする努力、という不毛なことは、もうやめた。

ところで好きなひとってどんなひとのことだろう。好きなタイプは、と尋ねられて答えられないのはいつものことで、だってわたしの好きなひとたちって、全員タイプがバラバラなのだ。見た目もそうだし、中身もそうだ。ひとくくりに表現しろと言われてもむつかしい。強いて言うなら、ラベルをあんまり気にしなかったり気づかなかったりして、そのままパクッと中身をたべちゃうようなひとが好きだ。ただそんな表現ではわかりづらいので、ここさいきんは、好きなタイプを問われたら「きちんと会話のできる相手が好き」と答えることにしている。でもこのあいだそうやって答えたら、笑いながら「それって最低限じゃん!」と言われた。そうかな、そんなことないと思うけどな。みんなきちんと会話をすることって、たぶんそんなに好きじゃないし、していないし、しようと思ってもできないように見える。あなたとわたしは違う、ということを理解できない人は多い。違うことを言うと怒ったり、意見を否定したりすると人格を否定されたと思って悲しんだりする人はたくさんいる。僕はそういうウェットな人たちが、ほんとうに苦手だ。先日Tと久しぶりに会ったのだけれど、彼女は僕にとってきちんと会話のできる数少ない相手のうちの一人で、だから話していてとても楽しかった。へんな同調をしなくていいし、されることもない。煩わしい無駄無駄しい馬鹿らしい気遣いが必要ない。それってとっても貴重だ。
僕はたぶん相手の気持ちを思いやる、ということができない人間だ。そういうのって煩わしいし、面倒くさい、と思ってしまう。そういう風に接されることも苦手だ。思っていることは普通に言えよ、と思う。人の気持ちなんてわかるわけないんだから、きちんと言語化して、疑問点は質問して、両者の間に存在する差異をすりあわせてゆく努力をするべきだ。人の気持ちを考えなさい、という言葉は、空気を読め、という言葉ととてもよく似ていて、それってつまり、Tの言葉をまるっと借用すると、非言語化された情報を読みとれということなのだけれど、そんなのとってもバカバカしい。なんのための言語だよ。言葉にしない、ということは根拠を明確にしない、ということで、反論されたときの逃げ道を常に用意しておくということだ。そんなつもりじゃなかった、なんてね。じゃあどんなつもりだったんだよ。伝えたいなら言葉にしろ。言葉にできないからお察しください、なんて怠惰だし、そんな怠惰な人たちに振り回されるのは面倒だ。そんなのって楽しくない。わたしは楽しいことがすべて、楽しさはなににも優先する、と思っているから、そんな退屈なものには触りたくないのだ。楽しくない生なんて最低だ。楽しいことがすべてで、楽しさはなににも優先されるから、わたしの生が楽しくなくなったらそんなものはやめちゃえばいいし、生なんてその程度のものでいいと思う。
ここ数年、僕はいい人になりたかった。いい人、まっとうな人、正しい人、ちゃんとした人。でもそんなのって馬鹿みたいだ。僕は以前、善く生きたい、と言った人に対して「ばかじゃねーの」と言ったことがあったのだけれど、それとまったくおんなしことをしていたんじゃないか。ほんとばかみたいだな。そんなつまんねーことはもうやめだ。僕はハッピーに生きたい。別に善くなくていいし、正しくなくていいし、まっとうじゃなくってもいい。僕は善く在ること、まっとうなこと、正しいこと、に価値があるだなんて、いつだって思っちゃいなかった。

元カノとかもそうですが、好きだったけど付き合いがもうなくなった人たちがいる。そういう人たちは記憶になって、現在の姿を更新されることなく、いまはもうわたしの思考の一部分になっている。付き合いがなくなったのは嫌いな部分が耐えきれなくなったからで、だから離したり離れられたりしたんだけど、でも好きだった人たちの好きだったところは今でもずっと好きなままだ。嫌いが増えていって閾値を超えて、もう関わるのつらいなってなっても、そのひとの好きだったところはずっと好きなままで、思い出せば大切で愛しいままだ。でもそんなの変だよと言われるから、変なのかなと思う。
変でもまあいいかな、とも思う。



行ったライブの感想。

20150211 クラムボン結成20周年フリーライブ@代々木公園
きれいな晴天で、このころは連日さむい日が続いていたのだけれど、この日はとても暖かかった。小春日和!Kさんと一緒に渋谷からてくてくと歩きながら、あったかいね、着込みすぎたね、なんて話をしていた。代々木公園に向かう途中の道では、長縄跳びの練習をする人たちがたくさんいて、なにか大会とかあったのかな、楽しそうで。
会場にはけっこう人がいた。この日発売されたニューシングル「yet」を買うとついてくるポストカードを提示すると優先エリアに入ることができたのだけれど、そんなに前で観ようとは思っていなかったので、そっちには行かなかった。優先エリアの後方には、レジャーシートを広げてお弁当をたべているひとたちとか、はしゃいで走り回っている子どもとか、お利口に座っている犬とかがいてさ。わたしたちも後ろの方、ちょうどステージの後ろでピカピカ光っていた太陽の、眩しい光が目を刺さないような位置で。おしゃべりをしながら始まりを待って。
そして音楽が始まったら、もうサイコーだった。
いちばんさいしょ、一曲目が終わってすぐに、「お酒買おう!」ってふたりして屋台で缶チューハイを買った。氷結のレモン、500ml!わたしはゆるーい糖質制限をしている最中だったので、チューハイはな〜と思って買わないつもりでいたのだけれど、こんな気持ちのいい天気、野外で、空はちょー晴れてて音楽はどこまでも緩やかに響いていて、そんなサイコーの環境でお酒買わないなんてそんなのナシ!ということで買ったの、缶チューハイ。(こういうとこが「ゆるーい」糖質制限、たる、あれ!)
音楽が聴こえればよかったから、ステージを観ようなんて気はハナからなくって、だからチューハイを買ったあとは最初いた位置よりもっともっと後ろに下がって、たまにおしゃべりをしながらラフに聴いていた。後ろの方から見える情景は素晴らしいの一言で、真っ青、いちばんうえなんてわからない突き抜ける晴天が広がっていて、そこから緑とか灰、人工物と自然と、あとは人とか犬、縄跳び、シャボン玉、屋台、ざわめき、音楽、音楽、音楽!シュワシュワした炭酸が喉をパチンって弾くたんびに、シャボン玉が弾けたり、スネアが気持ちいい抜け感で響いたり、やわらかな歌声、うねりながら響くベース、あったかく降るようなピアノとか!
後ろにいたからMCはぜんぜん聞こえなかったし、ステージはぜんぜん見えなかったんだけど、そんなんどーでもよくってただただひたすらに楽しくて気持ちよかった。音楽はサイコーだな!暗くて狭い密室で反響する音もだいすきだけど、遮るもののなにもない晴天の野外で、どこまでもどこまでも拡散してゆくまっすぐな音もだいすきだよ。誰もがなにに縛られることもなく、めいめい好き勝手なことをしながら、いい音楽を気持ちよく聴く!とってもとっても幸せな時間だった。フリーだから三十分くらいかなあと思っていたら、一時間みっちりやってくれたからほんとうに嬉しかったよ。大好きな曲、たくさん聞けた。
ライブのあとはラム焼き肉の食べ放題を死ぬほどたべてめっちゃラムくさい体で電車に乗って帰った。サイコーの休日でした。

20150227 indigo jam unit@渋谷club quattro
去年と一昨年は行けなかったから、二年ぶりのインディゴクアトロ!とってもとっても期待して行ったしそしてその期待は裏切られなくって、とっても満足、いいライブでした。
彼らの音楽は基本的に反復と展開で構成されているのだけれど、下手すりゃ退屈になりかねないにも関わらずぜんぜんそんなことないのは一人一人がプレイヤーとして魅力的だから。アドリブの応酬もほんと楽しい。体勝手に動くし、楽しくてずっと笑ってる。彼らはピアノトリオ+パーカッションという構成で、つまり四人中三人がリズム隊という編成なのだけれど、その編成から想像する音像を裏切らない、骨太のグルーヴでぐいぐいと聴衆を巻き込んでいって、わくわくしちゃうから踊ろうと思っていなくても踊っちゃうのだ。ツインドラムになったときなんて脳内麻薬ドバドバ出ちゃって、たとえばいま刺されてもたぶん痛くないな!みたいな。そんな風にぶっちぎっていくサウンドが超気持ちいいんだけど、かと思えばふっと冷静になって抑制された、きっちり構成された緊張感ある演奏もしてくれる。
下手後方で観ていたので、相変わらず視界を遮る憎々しい柱に阻まれてピアノはぜんぜん見えなかった。からほとんどドラム観てたな〜。あの人の手首のスナップが素晴らしくって。あの微動だにしない、ぶれない上体から伸びて鞭のようにうねるあの手首が、鋭い音を軽やかに鳴らす。もう単純に、絵として美しいよね。だいすき。
去年出た新譜をまだ買っていなかったので、知らない曲もけっこうやったんだけど、知ってる曲も知らない曲もおんなしように楽しいからぜんぜん気にならなかった。てゆうか早く買おう……。最後のほうに演奏された10は、圧巻の一言でした。
ライブのあとは沖縄料理屋さんでごはん。友だちがフーチャンプルーがおいしいよって言うから頼んだんだけど、お麩あんまり入っていなくって、ふつうに野菜炒めっぽかった。でも野菜炒めすきだし、おいしかったからオールオッケーなのだ。
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