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句点以降の物語について

いつも情熱の死を恐れて恐れて恐れて怯え切っていたのにいざ情熱が死ぬと死んでしまった情熱を悼むほどの情熱もなくただただ空っぽ、内側になにひとつとして存在しない。空虚で快適だ。穏やかな無菌室だ。
目を閉じて指を離したその瞬間はその行為が悲しくて辛くて遣る瀬無いどうしようもない、苦しくて、何度も何度も繰り返し泣いた。でもぷつりと途絶えた。今はとても楽だ。とても楽。呼吸の途中で酸素が引っかかるような引きつるような、引きつった呼吸の先端がこめかみに連なって引き攣れるような、感覚を味わうことももうない。
あんな風になにかを好きになることはもうない。凭れ掛かっていたことを申し訳なく思った。いろんなものを落としてしまって中身が空っぽになってしまっても、死ぬまで生きなくてはならないのは微笑ましいことだ。あとはもう石を積んで余生をやり過ごす。自分の内側とだけ向き合って永遠に会話をしてあげる。空虚さが愛に似ていて可愛い。ヘリウムを持っているだけで安心する。
ほんの少しだけ軽蔑が残っていて、透明のマニキュアを塗った爪の先でときどきそれを転がしてあげる。やわらかくてかなしい色をしていて、ひとりぼっちでかわいそうだ。でもこの子もきっとすぐにいなくなってしまって、人のいない部屋、ボロボロになった小説、繰り返し繰り返し好きなレコードがひとりで回り続けている。バレリーナ。死ぬまでの暇つぶしは長いね。絶望ではなく怒りでもない。室内に満ちるトレモロ。早く静かに穏やかに至りたいね。長い余生はまっしろないろをしていて、花を散らすと美しい、喪服でかごいっぱいの花びらを無尽蔵に撒きながら、最果てまでの道を踊っていたい。

生きれば生きるほどに少しずつ世界がわかっていって楽になるのだと子どもの頃から言われ続けていた。
嘘だと思っていた。嘘だと思っている。晩年のヘッセが遺した作品を読む。
ページを捲って指紋が擦り切れる。
わかることはない。

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